寄稿

林 恭造先生を偲んで!

衣目 修三

 
 林恭造先生は、皆様もご存じの通り新日本監査法人の代表社員として活躍されると共に、平成9年6月から2年間公認会計士協会近畿会の会長に就任され、公認会計士業界の発展に寄与されました。
 今回の訃報を聞き、私達公認会計士業界の損失の大きさは計り知る事ができません。
 このような公認会計士業界における先生の功績は、全ての人が知る所であり、他の人が詳細に追悼文を寄せて頂けると思いますので、私は公認会計士業界以外での活躍を記してみたいと思います。
 林恭造先生は、研友会(公認会計士の資格を有する税理士の団体)の2代目会長として、若手公認会計士の税理士業界における一定の地位の確保に力を尽して頂きました。その当時100名前後だった研友会会員は創立以来24年が経過し総勢575名の団体に発展しております。
 また、東栄会(公認会計士の資格を有する税理士の東支部の団体)の3代目会長として故桝田先生の後を引き受けて頂き長い間大役をこなして頂きました。
 林恭造先生は、15年位前から肝臓の調子が悪く、体調管理には人一倍気を付けておられました。
 しかし、セーブしながらも私達との酒のお付き合いにも機嫌よく参加して頂き、背も高く髪もまっ黒で私のようなメタボでないそのダンディな姿と酒におぼれない飲みっぷり(単にセーブしているだけなのに…)は、常に“モテ度No.1”でありました。
 実際の年令より10才以上若く見える外見は、ある時疲れてシルバーシートに座っていたら、老人(実年令は同じ位)から若い者がどかんかいみたいな目で睨まれてまいったと話をしておられました。
 このようなスマートな先生も2年前からは、疲れ気味になり入退院を繰り返したり、会計事務所での勤務も一日5時間位にセーブされて、体調管理に気をつけられた結果、平成23年に入りまた元気になられ、平成24年1月28日の税理士業界の祝賀会パーティーでは、舞台上で関西学院大学の校歌“空の翼”を全員で元気に歌っておられ、そして食べて飲みまだまだ大丈夫と明るく話をしておられました。
 なのにその3日後の1月31日林恭造先生が亡くなられたと聞き、未だに信じる事ができません。
 まだまだ先生にはご指導頂きたい事が山のようにありますが、どうぞ安らかにおやすみ下さい。
 そして、エンゼル達を相手にセーブすることなくお酒を飲んで頂き、故國分先生・故石川先生達と天国でのパーティーを楽しんで下さい。
 又、最後に平成24年3月に先生に対し、“旭日小綬章”を公認会計士功労として叙勲され、“正六位”に叙位されました事を皆様にお伝えして、ペンを置きます。