| 報告 |
第243回企業財務研究会報告
東日本大震災の開示マグニチュード
～有価証券報告書に残された傷跡を検証する～
担当 兵庫会 監査・会計制度委員会
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企業の財務諸表が記録と慣習と判断の綜合的表現であるならば、被災企業の有価証券報告書はその莫大な被害額をどのように「記録」したのか。際限の見極めがたい惨禍のさなか、果して現行の会計「慣習」はこれに有効に対応できたのか。経営者の「判断」はいかに適切でありえたのか。
阪神淡路大震災の記憶も生々しい兵庫会メンバーは、本研究会報告において、現在進行形の国難である東日本大震災を、現行の開示制度のうちに跡付けることを試みたい。
「東日本大震災による有価証券報告書等の提出 の義務の不履行についての免責に係る期限に関す る政令」が平成23年6月22日に公布され、3月決 算の会社等についてはその免責期限が平成23年6 月30日から同年9月30日に延長された。
平成23年3月31日「平成23年東北地方太平洋 沖地震にかかる災害等を踏まえた検査・監督・規 制上の対応について」により、金融機関に対して、 「金融検査マニュアル・監督指針の特例措置及び 運用の明確化」や「金融機関等の報告の提出期限 の弾力化」の措置が講じられた。
水産業協同組合が作成すべき貸借対照表に関して、平成23年４月28日付けで、水産庁から「東北地方太平洋沖地震に対処するための貸借対照表及び会計帳簿に計上する繰延資産の特例に関する省令案」が公表され、広く意見が求められた。この省令案では、農林水産大臣の承認を受けた損失を繰延資産に属させることができる旨を規定し、特例として当該損失について、支出の日以後10年以内に償還させることとした。その根拠として企業会計原則注解「注15」が挙げられている。
この意見募集に関して、日本公認会計士協会（非営利法人委員会）は意見を取りまとめ、平成23年５月27日付けでこれを提出している。そこでは、現在の会計基準における考え方の流れとしては、発生した損失はその期に認識するのが原則であるとの見解に立ち、注解「注15」を踏まえつつも、損失の繰延処理を安易に容認する環境にはないとの理由から、「災害による損失の10年間繰延措置の規定化に当たっては、慎重な検討が必要である」と述べ、否定的な立場を示した。
災害による損失を計上した1,069社についての売上高、経常損益、税金等調整前当期純損益、当期純損益、災害損失・地震損失、災害関連引当金の金額の単純総合計は以下のとおりである。今回の震災により、企業が災害損失等で損失計上した金額は2.5兆円を超えることとなり、企業への影響の大きさを物語る結果であったと言える。（表１：参照）
| A． | 災害損失計上額がどの程度であり、財務諸表に与えるインパクトは？ |
| B． | 巨額の損失計上となった東京電力について平成22年度末での災害損失計上額が相当であったのか。 |
| C． | 東京電力の原子力発電所事故に関連して、電力各社における「対処すべき課題」「事業等のリスク」の開示状況に変化が見受けられたか。 |
| D． | 東京電力の平成22年度末の財務諸表に対する監査意見について |
| A． | 上表に記載したとおり東京瓦斯を除いて、各社財務諸表に大きな影響を与えている。東北電力では、特別損失として災害特別損失833億円、財産偶発損259億円が計上されていたが、この財産偶発損の注記では「東日本大震災による滅失資産の簿価相当額を計上」とあったが、「災害特別損失」と区分掲記した理由が不明である。 |
| B． |
ここでは、東京電力の開示にしぼって検討する。災害損失の費用または損失計上額の内容の概略の記載において疑問を感じた事項が2ヶ所あった。 第一に、原子炉等の冷却や放射性物質の飛散防止等の安全性の確保等に要する費用または損失4,262億円。５月17日に公表した「収束に向けた道筋」において、具体的なロードマップを示していない中長期的課題に係る費用または損失については、工事等の具体的な内容を現時点では想定できず通常の見積りが 困難なため海外原子力発電所事故における実績額に基づく概算額を計上と記載しているが、見積計上しないよりはベターかもしれないが復旧作業等が海外事故における作業とどのように整合しているといえるのか。 第二に、福島原子力発電所５・６号機および福島第二発電所の原子炉の安全な冷温停止状態を維持するため等に要する費用または損失2,118億円。今後の取扱いは未定であるが新潟県中越沖地震で被災した柏崎刈羽原子力発電所の復旧等に要する費用または損失と同程度と判断しこれに基づく計上額を計上と記 載しているが、柏崎刈羽の場合と同程度とした根拠が当該時点で合理的に収集できる情報に照らして妥当なものと解釈できるものなのか。また、平成23年度第１四半期において災害特別損失1,055億円という巨額の損失が計上されていることから前期決算において合理的に見積もられる損失額がもれなく計上され ていたのかといった問題が残る。 |
| C． | 前期までは「原子力は安全、安心」といったスタンスでの記載であったので、なぜこのような事態を招いたのかを分析しそれに対する今後の具体的な対応策の記載が望まれるが、この有価証券報告書においてはその点につい ての記載はされていない。これについては別途原因分析がされ適切な時期に適切な報告がされることを期待している。 |
| D． |
原子力損害賠償に係る費用を合理的に見積もることが困難であるとして、平成22年度決算ではこれが全く計上されず、平成22年度末の連結貸借対照表における純資産は１兆6,024億円となった。今後その賠償費用を賄うこと は難しく「継続企業の前提に関する事項」の注記が記載され、それを受けて監査報告書でも「追記情報」の項を設け、結果「適正意見」が表明されている。 個人的には、原子力発電事故の収束のためのスケジュール表に基づく費用負担、損害賠償費用負担の合理的な見積りが実質的には困難であること、およびそれら費用は相当巨額に上る（5兆円とも10兆円とも言われている）と推定されるといった未確定事項の重要性を考慮して「意見差し控え」の結論とする のが妥当であったように思われる。「意見差し控え」は、必ずしも責任を回避しているのではなく、東京証券取引所も今回の件で意見不表明となった場合においても上場廃止の対象とならないとの表明を行っていること等を考慮しても、あえて「適正意見」を表明する必要はなかったのではと思う。また、これほ どの案件でも「意見差し控え」が表明できないとなると、今後「意見差し控え」は表明できないような前例になってしまったのではと危惧するところである。 |
鉄鋼・化学・製紙では、100億円以上の損失発生先が９社あり、業種全体の損失合計でみると鉄鋼が1,240億円、化学が1,080億円、製紙が870億円と巨額の損失を発生させていることが窺われた。開示例では損益計算書注記で保険求償額を控除している例、していない例、原発による立入禁止の事業所がある例等を取り上げた。
電気機器・機械・輸送用機器では、業種全体に対する割合で、ルネサスエレクトロニクス・富士通・日立製作所の３社損失が電気機器計の53％、IHI・三菱重工業の２社損失が機械計の98％、本田技研工業・日産自動車の２社損失が輸送用機器計の66％をそれぞれ占めていた。開示例では巨額の災害損失の計上があるも災害損失引当金が貸借対照表に計上されていない例、SEC基準で作成し震災影響額の注記がある例等を取り上げた。
食料品・石油石炭・金属製品・小売・卸売等では、開示例として石油石炭業から災害損失の金額が1,000億円を超すJXホールディングス、精油所で火災が発生したコスモ石油、食料品関係のうちで災害損失の金額が最も大きい日本たばこ産業、卸売業のうちで災害損失の金額と損益に与える影響が大きいバイタルケーエスケーホールディングを分析した。また、平成24年3月期の第１四半期における災害損失戻入額の上位10社のうち過半数が卸売業、食料品関係の製造業の会社であったため、当該10社の平成23年3月期および平成24年3月期第１四半期の災害損失引当金の計上・戻入額の調査も行った。
(文責：谷 保廣、石田博信、岡本健一郎、多田滋和)