第3回 奮闘する“企業会計士”

“周囲に会計士がいない職場環境で働く”ということ

吉田 徹

経歴
 平成6年に会計士2次試験合格後、平成8年に銀行に入社、以降、監査法人、メーカー(内部監査人)を経て、平成19年より鞄本総合研究所(現職)にて勤務
 
はじめに
 経歴にもあるとおり、私は、監査法人勤務時代を除く(今現在も含めた)大半の期間を「周囲に会計士がいない組織」の中で過ごしてきました。
 経済(社会)情勢や試験制度の変容に伴い近年は変化が見られるとはいうものの、「合格後は監査法人に入りそのまま勤め上げる(もしくは退職後独立開業)といったキャリア形成」がまだまだ本流と考えられている中、「世の中には、こんな奴もいるんやなぁ…」ということを知って貰えればと思い、大変僭越ながら今回の随筆をお引き受けました。拙文駄文ご容赦のうえ、しばしお付き合い頂けると幸いです。
 
1. 浅はかな夢と誤算
 私が試験勉強を始めた1990年代前半は、バブルは崩壊していたもののまだまだその余韻も残っており、「会計士試験に合格さえすれば、スポーツカーの助手席にモデルの彼女」といった、どこかの専門学校の誘い文句があるほどで、まんまとその「夢」に乗せられた、というのが、この業界との出会いです。
 ところが、どうにかこうにか2次試験に合格した頃には状況は一変、世の中の就職環境は大変厳しく、特に監査法人は極めて狭き門と化していました。当然、「夢」は「夢」のまま現実化することもなく、普通に民間企業への就職活動を行い、内定が貰えた会社(銀行)に勤めることになりました。
 
2. 会計とは無縁の3年半
 入社後は、他の同期入社社員と同様、支店に配属
され、最初の1年間をお客様から定期預金やローンなどの相談を受ける窓口で、その後、約2年半を外回り営業員として過ごしました。
 配属早々から、「会計というものにはちょっと詳しいらしい新人」に対し、「そんなもんなんぼのもんじゃい!」とばかりに、細かくて複雑な業務内容はもちろん、社内の有形無形のルールや銀行員としての心構え、振舞い方などが先輩社員から叩き込まれます。
 また、金融機関が逆風下にあった当時、「バブル崩壊はお前ら銀行員の責任や!」から「特別待遇をしろ!」という理不尽なものまで、お客様からたくさんのお叱りを受ける日々が続きました。
 様々な葛藤を抱きながらも、会計とは全く無縁の日々をかれこれ3年半続け、仕事の楽しさがようやく分かるようになってきた頃、「本店総合企画部主計室」への人事異動が発令されました。「主計室」とは一般事業会社でいうところの経理部門、即ち、有価証券報告書や決算短信などの作成・取纏めを行う部署のことです。当時、入社3年目でこの部署に配属されることは異例中の異例でしたが、資格と業務内容があまりにもかけ離れている私に対する上司からの配慮があったと後から聞きました。
 このようにしてようやく「会計」に携われるようになり、以後は、転職などをしつつも、一貫して会計士の領域に近い仕事(会計監査、内部統制、コンサルティングなど)を続けることが出来ています。
 
3. 現在の職場と仕事
 現在は、鞄本総合研究所の経営コンサルティング部門に所属しています。弊社はシンクタンク系ということで、会計専門のコンサルティングファームでは無いため、会計士はごくごく少数派である一方、社内には様々な分野(経営戦略、マーケティング、人材育成、組織改革、リスクマネジメント、情報システム…)の専門家がいます。
 そのような中で、これまでの私自身の職務経験を活かしながら会計の領域の仕事をすることもあれば、全く経験したことの無い領域の仕事を他のコンサルタントと共同で行うこともあります。一緒に働くのは私とは異なる道の専門家ですので、「会計士であれば当然の知識や言語」は通じませんし、私自身も彼らの考え方や発言をよく勉強、理解することが求められます。このようなことは一見ストレスと感じることもありますが、逆に、私個人では到底思いもつかないような、また、関心さえ持たないような新たな領域や考え方、アプローチ手法などへの気付き・刺激が、私自身の新たな武器へと変わっていくこともあり、私自身は今の環境に満足しています。
 
4. 私が「企業勤務」を選択する理由
 「会計士集団」であることが前提となっている監査法人のような組織にいれば、上司や同僚などとの間で考え方のベースの多くが暗黙のうちに共有されていますし、キャリアパスも明確で、それを支えるインフラ(情報、顧客…)も整備されています。そのような組織との比較上では、制約要因が多く、処遇面などでも必ずしも恵まれているとはいえない「企業勤務」の魅力についての個人的な考えを述べたいと思います。
 一点目は、先にも述べましたが、知識や価値観が自分とは全く異なる人々、組織から得られる気付きや刺激です。ご存知のように「会計」は企業経営における一つの要素に過ぎません。ただ、独立した要素ではなく、他のあらゆる経営要素(ビジョン、戦略、ビジネスモデル、サプライチェーン、組織、人材、情報システム…)と密接に関係付けられるものでもあり、それらの要素の側から「会計」を見ると、全く別物に見えることがあります。企業に勤務すると、いや応なしに“企業経営の論理”の中で振舞うことが求められますが、その視点からの眺めは意外に新鮮なものが多々あります。 二点目は、一点目の延長ですが、いわゆる普通の会計士とは異なる職務経験が、会計士としての差別化に繋がるだろう、と考えることです。会計士人生を人よりもかなり遠回りしながら歩んでいる自分にとって、純粋な会計領域だけの勝負ではこの業界で太刀打ちできないのは明らかですから、その遠回りを何とか強み・武器にする必要があると考えています。
 これらは、あえて“勤務”しなくても学べるじゃないか、という考え方もあると思いますが、「虎穴に入らずんば…」という諺もあるとおり、実体験は何ものにも変えがたい財産だと私は思います。
 現在の仕事では、知識の深さ以上に、知識の広さや社内外のコミュニケーション能力、企画力、営業力、編集力、プロジェクトマネジメント能力など幅広いビジネススキルが要求されますし、年齢を重ねるごとに、より一層求められるものでもあります。どれも私自身必ずしも得意な領域ではありませんし、むしろ不得手なものも多く、まだまだ修行の身ではありますが、これらは、試験勉強ではなく経験から学ぶものであり、振り返ってみると、会計とは全く縁の無かった最初の3年半の体験が大きな土台となっていることにあらためて気付かされることが多々あります。
 
5. 最後に
 私の前職(メーカー)の経営者の名言の中に、仕事や人生の結果は「考え方×熱意×能力」で現され、「熱意」や「能力」よりもとりわけ「考え方」即ち人生哲学が最も重要である、というフレーズがあります。
 私自身も全く同感ですし、個人的には、「考え方」は人との出会いによって形作られるものだとも考えます。
 「一新入社員として特別扱いすることなく、社会人とは何たるかを教えてくれた先輩方」「人様からお金を頂くことの厳しさを教えてくれたお客様」「自分に与えられた環境を受け止め、頑張っていればいつかチャンスが巡ってくることを教えてくれた上司」をはじめ、銀行時代はもとより、その後のあらゆる職場で、多種多様な素晴らしい出会いがたくさんありました。
 経済(社会)情勢が不安定で、会計士業界も例外ではない昨今では、私自身も先行きに大きな不安を覚えることがしばしばありますし、意に沿わない環境や状況に直面されている若い合格者の方々も多いのではないかと思いますが、私自身はそういう時にこそ、「他の誰にも経験できない、かけがえのない経験をさせて貰っている」と考えるようにしていますし、その「かけがえのない経験がいつか大きなチャンスに変わる日が来るはずだ」とも思いながら日々を過ごしています。そう考えると、「周囲に会計士がいない職場環境で働く」ことのほうがむしろ楽しい、とすら思えてくるのです。
 

企業内会計士ネットワーク勉強会の様子

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