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原則主義が一番大変だなということが、よく言われています。原則主義が大変なのはどうしてかというと、長年、企業も会計士も、適用指針や実務指針などの詳細なルールになれてしまっている。昔は企業会計原則や連続意見書など、本当の基本的な考え方があり、われわれの先輩方はそれに基づいてよく考えて判断をされて、監査実務等を積み重ねてきたのだと思います。また、われわれは監査をする立場では、大事なのはIFRSの趣旨や、そのベースにある概念フレームワークをよく理解して、その上できちんと実態に合った、合理的な、納得感のあるというか、第三者に説明できるような判断をまず会社にしていただいて、それについてわれわれ会計士がジャッジするということがより求められてくるのではないかと思います。従って、企業側にも会計士側にも勉強というか、研鑽がより要求されるようになるのだろうと思います(和田氏)。 |
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もう一つ、原則主義になると、結果として開示した方法などにばらつきが出る可能性があるかもしれません。ただ、それは結果に至るまでには、先ほど申し上げたようなIFRSの趣旨等を踏まえて、十分に検討されて、それに基づいて判断され、会計士がジャッジしたのであれば、表面的にA社とB社のとる方法が違ったとしても、十分に尊重されるべきではないかと思います。会計士の立場からすると、それだけより高度な判断というか、研鑽が要求されるわけですが、前向きに考えると、監査という職業がよりやりがいのある仕事になるいい機会だととらえたいと思います(和田氏)。 |
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監査人としてはフレームワークを理解して、その上にIFRSの趣旨を踏まえて、しかもそれぞれの会社の事情に合わせて解釈・判断していくことがIFRS導入に当たって監査人に求められている知識と考えられます。また、原則主義は、一般的には例外がなく、かつ適用指針等の詳細なルールがなくなるといわれていますので、クライアントに解釈・判断の過程を検証可能なように文書化していただくことが重要であり、かつ監査人としても、その文書内容を確認した上で、意見形成のための過程を監査調書にきっちりと文書化することがIFRSにおいても必要になると考えています(北岡氏)。 |
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東良氏より、原則主義について、ドイツの状況について報告がありました。 |
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ドイツの会計原則というのは商法で決められています。ドイツには、DSR(ドイツ会計基準)という連結決算書についての会計基準があります。会計基準と訳していますが、これは意見書のようなものです。これはFASB(米国財務会計基準審議会)やIFRIC(国際財務報告基準解釈指針)のような意見書の形をしていますが、強制力はありません。従って、ドイツではもともと商法が原則になっています。商法の中ではそんなに細則を決められないので、そういう意味では、ドイツではどちらかというと、今までから原則主義だったという感じがしています。国際的な会計事務所の海外の受け皿のような形でずっと仕事をしていたので、日本の国際会計事務所に勤める会計士の方々のアクションをよく見ていました。IFRSに関しては、これまでは、ヨーロッパ企業の日本子会社の監査を日本でやっていることが多いので、そうなると、ヨーロッパの本社の方では既に個々の処理については検討されているので、ロンドンの本部にどういう解釈をされたのか質問するというようなことを慣習的にやっていました。日本の会計士としては、今後、国際会計事務所においても発想の転換がかなり必要になってくるのではないか、思考方法の転換、すなわち独自の判断がより必要になってくると思っています。 |
山崎会長から、以下のコメントがありました。
本来、監査は原則主義なのです。どこかに書いてあるから、それに従っておけばいいという監査は、監査ではありません。ですから、基準に書いてあることをよく読む、そしてそのバックにあるフレームワークをよく理解する。フレームワークには非常に抽象的なことが書いてありますが、これは将来の投資家、現在の経営者や現在の株主のためだけに財務諸表を作るわけではないということで、現在と将来の両方の投資家の投資の判断のために資するということから出てくるということをよく理解していけば、原則主義は会計士にとって何も難しいことではないということを、コメントとして発言されました。
また、コーディネーターの加藤氏より、近年、日本の会計基準も、アメリカの会計基準に近くて、細則主義に傾斜する方向性なのではないか、監査もややもすると、書いてある基準というか、基準探しが中心となって、財務諸表の利用者の視点を見失いがちかと思うとの意見が述べられた。IFRS導入によって、細則がなくなって、原則主義で個々の会計士に判断が委ねられるということになると、各会計士の研鑽が非常に重要になるのだろうとの発言がありました。 |
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(5) 社内教育とシステム対応 |
最後のテーマは「社内教育とシステム対応」です。IFRSと内部統制監査という関連について、内部統制監査とIFRS導入はどのような関係になるのかという点について、和田氏から報告がありました。 |
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内部統制監査制度があって、それが変わらない限りはIFRSのときに記載誤りが出てしまうと、判断は基本的には同じなのだろうと思います。IFRSの強制適用、あるいは任意適用で自ら選ぶとしても、ターゲットがあって準備をする期間があるので、それに向けて社内教育をして、きちんとできる体制を作っていくことが大事なのだろうと思います。 |
次は、システムの方ですが、財務諸表のどの段階でIFRS対応をするかということです。個別ベースでIFRS対応をして連結していくのか、個別は従来の基準で作成して、連結ベース、連結仕訳でIFRS対応をするかという二つの考えがあるかと思います。個別ベースのIFRS導入は会社単位でなされるので、グループで統一した会計基準になるなど、経営管理上、積極的なメリットがあるかと思います。一方で、個々の会社がIFRSを理解しなくてはいけない、システム対応をしなければいけないなど、コストがかかるというところもあるかと思います。この点について、中島氏から以下の報告がありました。 |
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個別ベースでIFRSに対応し連結する場合は、個別決算書の精度が求められると思います。監査人としては、内部統制の視点から、決算書に携わる人のIFRSの理解度が十分かどうか。また、業務プロセスや会計処理のマニュアルの整備状況が十分かどうか。それから、監視機能として、内部監査人がその個社を定期的に監査しているかといった点がポイントとなると思います。 |
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個別ベースでIFRS対応するシステムを導入するか検討する段階で、このポイントを満たすためにはIFRSに精通した人材をどれだけ確保できるか。もし、そのような人材が不足している場合は、そういう人材を育てるための十分な教育をする期間があるか。つまり、企業のリソースの把握が重要になると考えます。企業のIFRSの適用時期を踏まえて、IFRS移行日までに適正な連結決算の体制がとれるようにIFRS移行のスケジュールが組まれているかどうかを確認していくことになると考えます。 |
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IFRSに精通した人材などのリソースが十分確保できない場合には、まずはIFRSに精通した人材を本社に集めて、本社で連結決算時にIFRSベースの決算書への組み替え作業をすることになると考えます。ですから、個別ベースでIFRS対応するシステムの導入はシステムを変更する個社において人材がいるかどうかで、もしいなければ変更は時期的に早すぎる可能性があると思います。 |
ドイツも現在は連結のみIFRS対応ということなので、当然、個別財務諸表と連結財務諸表は異なる会計基準で処理されているそうですが、システム対応はどのようになされているのでしょうか。この点について、東良氏より報告がありました。 |
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ドイツでは、すべての企業に商法決算基準による個別決算書の作成が義務付けられているため、当面は各子会社の商法決算による個別決算書に連結修正を入れて、IFRSに基づく連結決算書を作る企業が多いようです。この場合、社内教育は限定的な従業員だけ、すなわち親会社の連結修正を担当する従業員だけを教育しておけば、取りあえずは行けるという形がとれていたようでした。システムについても、従来どおり商法基準の個別決算書を作るシステムをそのままにしておいて、サブシステムという形で、商法基準とIFRSとの差をサブシステムで集めてくるというような形をとることで、間に合わせている企業が多かったように思います。ただ、ドイツでは、今年ないしは去年から適用されている2009年の商法改正があります。この改正によって、商法ベースの個別決算書をIFRSに近づけようという努力をし始めました。初めから商法ベース、単体ベースでの決算書をIFRSに近いものにしておけば、社員教育なりシステムなりに特別なものは不要で、また、差の調整は少なくなるのではないかという発想だと思います。そういうように、ドイツでは個別の財務諸表にIFRSを導入する作業を一昨年ごろから始めています。そうすると、社内教育ないしはシステム対応もかなりの部分を子会社レベルでやることになり、IFRSに基づく連結決算書を作成するときの手間がだいぶ省けるだろうという方向性を持っているということです。 |
システムの二つ目のポイントとして、基幹業務システムへの影響ということを挙げたいと思います。基幹業務システムに対する変更が必要と思われます。監査人としての対応というか、今後留意しなければいけないところについて、北岡氏から、以下の意見がありました。 |
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監査人としてはインパクト分析に対して早めに対応し、企業の業務フローを正確に把握した上で、業務フローや分析結果を受けて、システム化の相談を受けて対応することが必要だと思っています。特にちょうど今の時期は、システムを入れ替えようとされているクライアントも多いので、そのようなところに対しては、IFRS導入に合わせて対応できるように、IFRSも今後かなり変更等が見込まれるので、後戻り、出戻りを考慮した上で、変更に対応できるシステムをアドバイスできればいいと考えています。特に監査法人などに勤めていると、IT監査部等のIT専門化の部門があるので、それらとの連携を深めながら、会計を中心とする基幹業務システムを、特に子会社が多いところであれば、グループ全体で連携させる、あるいはシステムを統合させるようなアドバイスができればいいかと考えています。 |
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IFRS対応に向けた最重要課題とその対応 |
最後に、パネリストとオブザーバーの方々より、IFRS対応に向けた最重要課題とその対応について一言ずつ報告があり、今回のパネルディスカッションの締めくくりとされました。 |
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(東良氏)ドイツでは、任意適用の期間は6年程度ありました。ただ、強制適用という目標がないまま、任意適用だけが先歩きしたというところはあります。実際、強制適用が決まってから1年でIFRSに対応しなければならない企業も相当数あったと聞いています。このような企業でも、大きな混乱があったとはあまり聞いていません。これはどういうことかというと、インパクト分析という名の下で企業と監査人との間の擦り合わせを手際よくやったためだと思っています。従いまして、企業にとっては、まずインパクト分析を早くしてほしいということです。また、会計士の方々には、発想の転換・判断を今後磨いていただくことになるのだろうと思います。もう一つ、私が立法行政当局に対して言いたいのは、強制適用を決めれば、何年間かの任意適用期間を定めてほしいということです。ドイツでは、結果的に6年という任意適用期間がありましたが、それがIFRSをスムーズに導入できた一つの原因ではなかったかと思っています。 |
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(中島氏)企業の監査に携わる多くの会計士の方がなるべく早い段階でインパクト分析などの実務経験を積むことによって、IFRSに精通した人材になるとともに、従来の日本基準の監査手続きで見直しが必要な部分はどこか、それをインパクト分析のときなどの早い段階で確認することによって、言い換えれば、監査のインパクト分析を早い段階で実施することによって、将来のIFRSベースの監査に備えることが重要であると考えています。 |
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(北岡氏)IFRSに対応した最重要課題というか、今後、IFRS導入に向けて、考えているのは、今後ますます情報がいろいろな形で流れてきますので、最新の情報に適時に対応して目を配る必要があると考えています。しかし、逆にあまり情報という形で追い求めると、かえって情報に振り回される可能性があるので、監査人の立場としては、クライアントがその情報に振り回されずに、必要な情報だけを的確につかめるように、指導・助言等をしていくように努めたいと考えています。 |
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(和田氏)案ずるより産むが易しという言葉がありますが、やはり前広に積極的に対応すればきっとできると思います。 |
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(鶯地氏)財務諸表は企業からのメッセージですから、誰に対してどういうメッセージを出したいかということで、財務諸表が決まってくると思います。そして、国際的に何かを発信したいということであれば、IFRSという道具がある。任意適用ということは、その道具を使って国際発信をしたときに、それを日本でも認めてくれると言ってくれているのですから、もしそういうメッセージを発信したいのであれば、積極的にこれを採用していけばいいということだと考えています。 |
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(山崎会長)会計士協会は、IFRSの適用指針やIFRSの実務指針を作るというようなことは全く考えていません。これはASBJも全く同じで、鶯地さんも同じだと思います。今、やろうとしているのは、IFRSを適用したとき、実務上、日本の企業にとってどういうことが問題になるのか洗い出すことと、それをどう考えるのかというところまでです。どうすればいいかということは、誰も答えを出しません。それは皆さん、自分自身で答えを出していただかなければいけないことだと思います。 |