新しいページ 1

報告

第240回企業財務研究会報告　
工事契約会計に係る開示事例分析

担当　兵庫会　
監査・会計制度委員会

【日　　　時】	平成22年９月７日　午前10時〜正午
【会　　　場】	近畿財務局８階大会議室
【出　席　者】	近畿財務局：原田耕治理財部次長他６名、京滋会：髙橋一浩会長他５名
	近畿会：小川泰彦会長他８名、兵庫会：仲尾彰記会長他８名
【発　表　者】	谷　保廣（副会長）
	石田博信（監査委員長）、岡本健一郎（会計制度委員長）川本章雄（監査副委員長）、多田滋和（同前）林　俊行（会計制度副委員長）、稲本憲暁（同前）大出秀徳（研究委員）
【その他委員】	築田武尋（研究委員）

Ⅰ．緒　言

　企業会計基準委員会は、平成19年12月、企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第18号「工事契約に関する会計基準の適用指針」を公表した。両会計基準は、平成21年４月１日以降開始する事業年度から強制適用されている。
　今回の企財研報告において、私たち監査・会計制度合同委員会メンバーは、工事契約の会計処理のために制定されたこれら新会計基準が、公開会社の実際の財務諸表の開示にどのような影響を与えたか（あるいは与えなかったか）、また意思決定有用性という財務報告の目的に適うものであったかを、詳らかにしようと試みた。

Ⅱ. 平成22年３月期決算会社の分析

１．業種別傾向

　平成22年３月31日決算の有価証券報告書提出会社を対象に、これを便宜上下掲の５業種に分類して、開示事例を分析した。
A「林業・建設業」、B「ソフトウェア業・金融業」、C「船舶製造業・不動産業」、D「機械製造業」、E「電気業・ガス業・民営鉄道業・卸売業・小売業」。
　なお、対象会社のうち、基準第15号が適用されたことに伴い会計方針の変更を注記したものは791社（全体の27％）であった。
　業種特性を典型的に表しているとみられるのは、A業種である。建設業では基準第15号の適用時期に90％を占める140社が会計方針の変更を注記した。また、前期に基準第15号を早期適用した会社が13社あり、これを含めると98％の会社が会計方針の変更を行なったこととなる。建設業は当該会計基準の変更の影響を最も受ける業界であるため、早期に対応した会社が多かったことが判明した。
　その他影響が比較的大きいと思われたB業種・C業種・E業種では、建設業に比べて、損益に与える影響はなしとした開示が多かった。また、そもそも会計方針の変更の注記を行なった会社自体が少ないと言える状況であった。
　D業種については、会計方針の変更を注記した会社が157社あり、このうち影響額を記載したものが83社、影響軽微としたものが20社、影響なしとしたものが54社であり、影響額を記載した会社は半数にとどまった。その内容は、影響額として売上高や営業利益が減少したもの、期首に存在する工事契約についても進行基準を適用したもの、進捗度の見積として原価比例法以外の方法によったものなど、バラエティーに富んでいた。
　業種のいかんにかかわらず、発表担当者間でとりわけ討議の的となった事例は次のとおりである。

　① 変更の結果、売上高、経常利益に対する影響額がマイナスとなっている事例
　② 進行基準以外の計上基準として検収基準を採用している事例
　③ 進捗度の見積方法として原価比例法以外によった事例
　④ 進行基準の適用対象となる金額の基準を開示している事例
　⑤会計方針の変更ではなく追加情報として取り扱っている事例
　⑥影響額がない理由を開示している事例

２．期首手持案件の会計処理

　上記791社のうち、期首の手持工事を特別損益として処理した会社は30社（影響なしも含む）であり、多くの会社は従来どおりの会計処理を実施したといえる。

３．進捗度の見積方法

　進捗度の見積方法については、多くの会社が原価比例法を採用していた。これ以外の事例は次のとおり。

４．会計方針の変更による影響

基準第15号による影響が大きい会社、小さい会社は次のとおり。

　影響額を注記した会社全体では、売上影響率２％、営業損益影響率7.7％の増加がみられた。
　売上影響率下位５社では、影響額がマイナスになっている。これは期首の手持案件について特別損益処理したことによる売上のマイナス影響に起因する。
　また、会計方針の変更の影響をどこまでの範囲で捉えるかで、影響額が異なってくる。当期着手案件から基準第15号を適用している会社の多くは、営業損益、経常損益、税金等調整前当期純損益に与える影響額を同額で開示している。他方、売上債権の増減に伴う貸倒引当金への影響や、持分法による投資損益の増減の影響を考慮している会社が見受けられ、そのような会社はこれら３損益に与える影響額を異なった額で開示している。

５．ハウスメーカー間での会計処理の比較

　基準第15号の適用に伴い、成果の確実性が認められる工事についてはすべて工事進行基準により収益を認識しなければならない。然るにハウスメーカーの場合、ゼネコンと比較して物件単位当りの受注金額が小さく工期も短いため、各社の会計処理が異なっている。
　大手ハウスメーカー（売上高上位10社）のうち、進行基準により収益を認識している会社は６社、従来どおりすべての工事収益を完成基準により認識している会社が３社である。重要性の観点もあろうが、同一環境下において統一された会計処理を行なわなければ、そもそも財務諸表の比較可能性を目的に導入された本会計基準について、その趣旨が全うされない。新しい会計基準適用の際には同一業界内での調整が必要と考える。

Ⅲ．IASBの動向

　IASにおける現行の工事会計ルールは第11号「工事契約」である。これは、1973年３月に公表された旧IAS第11号に替えて、1993年12月に公表された。その古い出自に鑑みて、いまだ資産負債アプローチの色彩は薄く、その目的は、収益費用アプローチにもとづく適正な期間損益計算に求められている。
　IASBとFASBは、目下共同して、収益認識に関する会計基準を明確化するプロジェクトに取り組んでいる。2010年６月に公表されたIASB公開草案「顧客との契約から生じる収益」から、工事進行基準の将来の命運を占うに鍵となる記述を指摘しておきたい。
　草案によれば、企業は、識別された履行義務を、顧客に約束した財またはサービスを移転することによって充足した時に、収益を認識しなければならない。財またはサービスは、顧客が財またはサービスに対する支配を獲得した時に、顧客に移転する。
　この「支配の獲得」の指標の具体例のうちに、「財またはサービスのデザインまたは機能が顧客に固有のものである」が掲げられている。
　すなわち「(a) 顧客専用のデザインまたは機能が付された財またはサービスは、当該財またはサービスに代替的な用途がないため、企業にとって価値がほとんどない場合がある。たとえば、顧客専用の資産をその他の顧客に販売できない場合には、企業は顧客に対し、製造するにしたがい、当該資産の支配を獲得すること（およびそれまでの作業に対する支払）を要求する可能性が高い。(b) 財またはサービスのデザインまたは機能について大きな変更を指定できる顧客の能力は、当該資産が製造されるにしたがい、顧客が支配を獲得することを示す」。

（文責：谷　保廣、石田博信、岡本健一郎）