会長就任に際して |
近畿会会長 小川泰彦 |
![]() ヴァイツゼッカー元大統領は、今日における民主制の危うさについても次のように述べています。古代ギリシャ人は、政治とは哲学の現実的応用であり、公共団体の公正な形成、倫理的な法律が前面に出ていました。市民は都市国家に参加し、その品位と名誉を擁護することを求めていました。つまり、古代ギリシャでは私人に国家に参加する権利が認められ、公共団体に寄与することができるようになっていました。今日の民主制では優先順位が逆のようになっており、国家が私生活に介入する権利は許されず、市民により快適な生活を約束することが国家の任務になっています。「市民の方は政治の担い手だとの自覚が薄れ、政治の消費者だと考えるようになっています」。(注1) 市民を公認会計士、政治を会計・監査制度と置き換えれば次のようになります。「公認会計士は会計・監査制度の担い手だとの自覚が薄れ、会計・監査制度の消費者だと考えるようになっています」。このことが無関心さと相俟って、公認会計士としての精神的支柱である「会計専門家としての自覚と誇り」を薄れさせてしまったというのは言い過ぎでしょうか。 私が会長としての任期3年間のスローガンは、「社会の健全な発展のために、公認会計士一人ひとりの活動が大切です。」としました。公認会計士の使命は、「会計及び監査の専門家として、独立した立場で、財務情報に信頼性を付与し、国民経済の健全な発展に寄与する」ことであります。財務情報の信頼性には、信頼性を付与する公認会計士自身がその利用者から信頼されなければなりませんが、それには一定の権威が必要であると考えます。一定の権威とは、すべての公認会計士が高い専門性と高度な倫理観を保持していると情報の利用者から期待され、理解されることです。そのためには、公認会計士一人ひとりが、専門分野に関して不断の研鑽を励み、深い教養の涵養と高い品性の陶冶に努めなければなりません。同時に、国や自主規制団体である日本公認会計士協会が、それらを担保する公認会計士試験制度、継続的専門研修制度、品質管理のレビュー制度及び懲戒処分制度を厳格に運用し、公認会計士の高い専門性と高度な倫理観を情報の利用者に目で見える形にしなければなりません。そして、その運用を国や日本公認会計士協会に無関心のままに任せるのではなく、公認会計士一人ひとりがその担い手として自覚することが重要であります。 社会の健全な発展に寄与するためには、日本公認会計士協会が専門家集団として、いろんな局面で社会に対して提言をすることも重要ではありますが、何よりも大切なことは、公認会計士一人ひとりが情報に対して信頼性を付与するという当たり前で地道な活動をすることであり、また、自主規制機関である日本公認会計士協会は、情報の利用者が公認会計士一人ひとりの当たり前で地道な活動を期待し、理解できるように、制度を厳格に運用しなければなりません。そして、その運用については、公認会計士一人ひとりがその担い手として自覚し、機能することであります。 私は会長として、任期3年間、最後のご奉公として精一杯頑張りますので、会員諸兄におかれましては、「会計専門家としての自覚と誇り」を持って、自発的な会務の参画をお願いする次第であります。 (注1)言葉の力 ヴァイツゼッカー演説集 (岩波現代文庫)より抜粋 |