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第237回企業財務研究会報告 |
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担当 兵庫会 監査・会計制度委員会 仲尾彰記 |
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T.テーマ選定の理由 | |||||||||||||||||||||
金融庁企業会計審議会から「監査基準の改定に関する意見書」が平成21年4月9日に公表され、継続企業の前提(以下GCという)の注記に関する監査基準が改訂された。また、4月20日付で内閣府令(財務諸表等規則等及び開示府令)等関係規定についても改正が行われた。 これら一連の改正の背景は本年2月、企業会計審議会企画調整部会から「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)(案)」の公表があり、ここにおいて平成22年3月期から特定の企業がIFRSに基づいて財務諸表等を作成してくることが考えられることから、その開示内容を整合させておく必要があること、また、監査基準においても国際監査・保証基準審議会によりクラリティ・プロジェクトが進められおり、GCの注記が日本の監査基準と国際監査基準(ISA)と差異があることが指摘されていた。 具体的には従来は日本の実務においては債務超過とか継続的な営業損失等一定の事象や状況が存在すると形式的に注記を求める傾向にあり、この結果、昨年の秋以降の急激な景気後退によりGC注記がかなりの数付されることとなり、国際的な実務との間に整合的でないという指摘があった。 私ども兵庫会は今回の一連の改正がどのように実務に影響を与えているのかを平成21年3月期の有価証券報告書をベースとして事例分析を行うことを試みた。今回の改正による事例分析は、企業の状況によって様々なパターンに分類されるため、前期、当期のGC注記の有無及び事業等のリスク等への開示の有無をいくつかのパターンに分類し、分類別に特徴的な企業について具体的な開示を示すことによって検討を加えることとした。 |
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U.継続企業の前提に関する新旧ルール | |||||||||||||||||||||
継続企業の前提に関する財務諸表等規則の改正点としては、イ)貸借対照表日現在継続企業の前提に重要な疑義があっても、経営者の対応策により当該疑義が解消又は改善され重要な不確実性が認められなくなるのであれば、継続企業の前提に関する注記が必要ではなくなったこと、ロ)貸借対照表日後に継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められなくなった場合は、継続企業の前提に関する注記が必要ではなくなったことの二点が挙げられる。
次に、企業内容等の開示に関する内閣府令の改正により、継続企業の前提に重要な疑義がある場合、重要な不確実性が認められるか否かにかかわらず、有価証券報告書の財務諸表以外の場所である「事業等のリスク」及び「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」への開示を行うこととされた。 監査人の対応については、改訂前監査基準の実施基準では、「監査人は合理的な期間についての経営者の対応及び経営計画等の合理性を検討する」ことになっていたが、改訂後は「合理性」という用語を削除し、「監査人は経営者が行った評価及び対応策を検討する」との表現になった。また、改正前の監査委員会報告第74号「継続企業の前提に関する開示について」では、経営計画等に「経済合理性があると同時に実行可能性があることが必要である」と記載されていたが、改正後は、対応策は「効果的で実行可能であるかどうかについて留意しなければならない」という表現になっており、貸借対照表日後少なくとも1年間企業活動を継続できるかどうかの監査人の検討において、経済合理性までの検討は必要なくなったということになる。 さらに、改訂前監査基準の報告基準に「合理的な経営計画等を提示しないときは」意見不表明とするという表現があったが、改訂後の規定からはやはり「合理的な」という用語が削除されている。これにより、経済合理性の検討が必要なくなったという意味で、意見不表明を選択し得る余地が縮小されたと解釈できる。 また、監査基準委員会報告書第22号「継続企業の前提に関する監査人の検討」の改正により、継続企業の前提に関する重要な不確実性の有無を監査人が結論付けなければならないこと、監査人が継続企業の前提に関する注記が必要であると認めた場合に継続企業の前提に関する重要な不確実性が存在していることとなる旨の記載が加えられた。 以上のルールの改正をまとめれば、以下の3点となる。 (1) 継続企業の前提に関する注記の対象となる状況の範囲が狭められたこと(対応策により継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められなくなれば注記不要となったこと) (2) 有価証券報告書における経理の状況以外での継続企業の前提に関する開示が充実されたこと(事業等のリスク等への開示が必要となったこと) (3) 監査人は、少なくとも1年間企業活動を継続できるか否かの検討において、改正前ほどの厳格な判断を求められなくなったことにより、意見不表明とする余地がほとんどなくなったこと ただし、重要な不確実性の有無に関しては監査人が結論付けなければならないことが明確にされた。 |
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V.分類別事例分析の概要 | |||||||||||||||||||||
1.事例分析の概要 | |||||||||||||||||||||
「継続企業の前提」の開示事例分析の対象会社及び分析の範囲は、比較可能な平成20年3月期及び平成21年3月期決算の上場会社のうち、データ検索システム「開示Net」の検索により、「継続企業の前提の注記」または「事業等のリスク」、「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」(以下、これら2項目をあわせて「事業等のリスクへの記載」)に継続企業の前提に重要な疑義に関する記載がされている会社を抽出・分析対象とした。 データ抽出にあたって、「継続企業の前提」をキーワードとして検索しているが、すべての会社が網羅的に抽出されているものではないことをお断りしておく。 |
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2.分析結果 | |||||||||||||||||||||
事例分析の結果は、以下のとおりである。 | |||||||||||||||||||||
【表1】「継続企業の前提」の注記等の記載状況 | |||||||||||||||||||||
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データ検索の結果、190社が抽出され、平成20年3月期に「継続企業の前提」の注記がある会社は96社、平成21年3月期に「継続企業の前提」の注記がある会社は80社であり、平成21年3月期に「事業等のリスク」への記載がなされている会社は160社であった。 平成20年3月期に「継続企業の前提」の注記がなされている会社96社のうち、平成21年3月期においても引き続き「継続企業の前提」の注記がなされている会社は47社(【表1】の1、2)であり、平成21年3月期において「継続企業の前提」の注記がなされなかった会社は49社であった(【表1】の3、4)。この49社のうち「事業等のリスク」への記載がなされている会社は28社(【表1】の3)であり、「事業等のリスク」への記載のない会社は21社であった(【表1】の4)。「事業等のリスク」への記載がなされている会社は28社の中には、旧基準によれば平成21年3月期においても依然として「継続企業の前提」の注記がなされていた会社が含まれるものと考えられる。 平成20年3月期には「継続企業の前提」の注記がなされておらず、平成21年3月期から新たに「継続企業の前提」の注記がなされた会社は33社(【表1】の5、6)であった。 平成20年3月期、平成21年3月期ともに「継続企業の前提」の注記がなされておらず、「事業等のリスク」への記載がなされている会社は61社(【表1】の7)であった。この61社の中にも、旧基準によれば平成21年3月期において「継続企業の前提」の注記がなされていた会社が含まれるものと考えられる。 |
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【表2】継続企業の前提に重要な疑義に関する記載項目(平成21年3月期) | |||||||||||||||||||||
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@重要、継続的な売上減少、損失の計上、営業CFのマイナス A資金繰り・資金調達の困難性 B債務支払条件変更・遅延 C財務制限条項の抵触 D債務超過 E借入過多・金融支援 F経営破綻 G継続企業の前提に重要な疑義の解消 複数の項目の記載をしている会社があるため、計の欄を横に合計しても会社数は一致しない。 |
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平成21年3月期において「継続企業の前提」の注記がなされている会社80社のうち73社が、重要、継続的な売上減少、損失の計上、営業CFのマイナスをその理由として挙げた(【表2】の1、2、4、5の@)。 従来の基準であれば「継続企業の前提」の注記対象となっていたと考えられる、財務制限条項の抵触や債務超過でありながら「継続企業の前提」の注記がなされていない会社はそれぞれ13社、3社であった(【表2】の3、6のC、D)。 | |||||||||||||||||||||
W.分類別事例の紹介 | |||||||||||||||||||||
(この章におけるNo.はV.の表1の類型番号を示している) | |||||||||||||||||||||
1.N0.1,2 前期、当期ともにGC注記あり (担当:森村圭志) 前期にGC注記を付した会社のうち、規定改正後においてもGC注記を付している事例としてJ社、F社、B社の3社を取り上げた。 @J社での場合、財務諸表等規則第8条の27では注記事項として「当該重要な不確実性が認められる旨及びその理由」の記載が要求されているが、当該記載がなく、前期と同様の記載となっている。従って、注記内容に不備があり、対応策を講じてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる場合にGC注記を必要とする今回の改正に照らして果たして、注記が必要か否かの判断ができない記載ぶりである。なお、GC注記を付した場合には監査報告書において追記情報としなければならないが、そこでは重要な不確実性が認められる理由がGC注記に記載されているとの文言があり、その点でも不整合となっている事例であった。 AF社の注記では経営者の対応策として再生のための中期経営計画の策定と計画に沿った早期の業績回復を図る旨の記載があるが、記載内容からは中期経営計画が達成できるかどうかに不確実性の所在があ ると読め、対応策を講じてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるかどうかの点に関しては直接的には言及しておらず、新基準の趣旨からは曖昧さの残る事例であった。 BB社は連続4期の連結営業損失を計上しており、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせる事象又は状況の存在が認められるが、平成21年3月期においてもなお自己資本比率は90.9%と高く、資産の大部分が現金預金であり、また、借入金もないという財政状態を勘案すると、改訂後の規定に照らして果たしてGC注記が必要であったのかに関して疑問のある事例であった。 |
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2.N0.4 前期GC注記あり当期GC注記なし、リスク情報等の記載なし(担当:森村圭志)
当該分類の事例として、BH社を取り上げた。同社は過去継続して営業損失、経常損失、当期純損失を計上していたが、平成21年3月期では経常利益、当期純利益を計上し、業績が回復したことでGC注記は不要と判断したと考えられる。然しながら、当期においても営業損失は継続しており、また、営業キャッシュ・フローも継続赤字であることを勘案すると、GC注記の有無に関しては外見的には判断が難しいが、リスク情報等への記載がないことには疑問の残る事例であった。 |
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3.N0.3
前期GC注記有り、当期なし、事業等のリスクへの記載有り(担当 仲尾彰記) この事例は前期にGC注記があったが、当期にはGC注記がなく、その代り事業等のリスク等にその内容や解消策等を記載している例である。これは今回の改正の趣旨に沿った例示と言える。取り上げたのはM社とAN社である。 @M社の場合「事業等のリスク」において、営業損失、営業キャッシュ・フローのマイナスであることから継続企業の前提に関する重要な疑義がある旨が記載されており、その要因が併せて記述されている。そして「対処すべき課題」にその対応策が記述され、「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの分析」において対処すべき課題で示された対応策(中期経営計画など)が実現可能であることの説明を行い、結果として継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況を解消できると判断し、重要な不確実性はないと結論付けている事例であった。 |
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AAN社 この会社の場合もケースは同じであるが、ただ、GC注記を外し、「事業等のリスク」において継続企業の前提に関する重要な疑義を解消するための対応策が示されてはいるが、記載されている内容から見て継続企業の前提に関する重要な疑義が解消されたと言えるかという問題点があるように見える。つまりこの会社は平成20年3月期においてシンジケートローン等の財務制限条項に抵触する可能性があると開示しており、平成21年3月期には当期純損失を計上した結果、財務制限条項に抵触している。しかしながらその解消への対応策として「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」において記載されている内容は金融機関と協議し、当年11月まで約定弁済の猶予を得たことが記載され、その後も金融機関と協議を重ねて長期の約定弁済契約の締結を目指すとか、有利子負債の圧縮のために物件売却を進めていく等と記載されている状況である。これらの対応策が果たして確実に実行されるかと言う保証はないように見受けられ、この内容で疑義が解消したと判断することが可能かどうかという疑問が残る事例であった。 |
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4.N0.7 前期・今期GC注記なし、リスク情報等の記載あり (担当:林 俊行) この事例は、今回のGC注記に関する規定の改正によりGC注記を要しなくなった事例である。この事例として、FD社とJS社を取り上げた。FD社は貸借対照表日において「債務超過」という継続企業の前提に重要な疑義を生じさせる事象が存在しているが、その後「増資」という会社の対応により継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められなくなった事例であり、典型的な今回の改正(財務諸表等規則第8条の27他)の適用事例である。 JS社の事例も貸借対照表日において「3期連続の営業損失・営業キャッシュ・フローのマイナス」が発生しており継続企業の前提に重要な疑義を生じさせる事象が存在しているが、会社の対応策により継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるまでに至っていないとしてGC注記をしていない事例である。対応策の具体的な記載は「中学生以下の学年層を増やす」「不採算校舎・教室を再編成し、経費削減努力により、業績の回復を図る」「資金面については・・自己資金で賄うことを基本とし・・資産の売却や当座借越契約を継続していく」とされているが、不確実性の認識に関する判断ポイントが分かりづらい事例であった。 |
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X.欧米の会計基準および監査基準 | |||||||||||||||||||||
海外における継続企業の開示ルールは次のとおりである。米国基準では、AICPAが1989年1月に監査基準書AU341号「事業体の継続企業としての存続能力に関する監査人の検討」を発効させており、これに20年遅れて、FASBが2008年10月にSFAS公開草案「継続企業」を公表している。すなわち、継続企業の前提の問題は目下のところ監査の側で取り扱われている。 |
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