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トレッドウェイ委員会報告書 |
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共訳 鳥羽至英 八田進二 |
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コンサルの会社に在籍していた時のこと・・。その会社の顧問のおじいちゃんに「(べらんめぇ調で)おめぇ、この本を知ってっか?」と教えていただいた本が、この本です。 「知りません。」と答えると、「おめぇ、それで内部統制を語っちゃぁよくねえな。」と云われ、仕方がないので買いに行きました。 |
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まずこの本を説明する前に別の本を説明します。内部統制や内部監査の仕事をやったことがある人なら、名著「内部統制の統合的枠組み(理論編)」、「内部統制の統合的枠組み(ツール編)」はご存知でしょう。この本は、トレッドウェイ委員会組織委員会から公表された報告の訳本です。あの八田先生を一躍有名にした内部統制の名著です。この報告行った「トレッドウェイ委員会組織委員会」は、実は「トレッドウェイ委員会」の行った「不正な財務報告」の報告を実務的に支援するために組織された委員会なのです(通称COSO:the Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission)。つまり、「不正な財務報告」は、「内部統制の統合的枠組み(理論編)」、「内部統制の統合的枠組み(ツール編)」の前提となる報告書なのです。そう考えるとこの本が非常に重要な本であることが分かります。この報告には、なぜ内部統制が必要かという疑問に対する何らかの見解があるからです。 | ||||||||||
この報告は、1985年10月から1987年9月かけて不正な財務報告全米委員会(the National Commission on Fraudulent Financial Reporting 通称 トレッドウェイ委員会)が行った調査をもとに公表されたもので、数多くの関与者とコンセンサスを得たものとなっています。 | ||||||||||
この報告は、序章と勧告の要約と以下の5つの章から構成されますが、序章を引用して、この本の概要に触れていきます。 | ||||||||||
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1.不正な財務報告の定義 | ||||||||||
序章では、委員会のメンバーや、目的、報告の対象とする範囲等が述べられていますが、それに増して着目したいのは「不正な財務報告の定義」を行っている事です。 | ||||||||||
不正な財務報告の定義(抜粋) | ||||||||||
『研究と報告にあたって、本委員会は、不正な財務報告を、「作為によるものないし不作為によるものとにかかわらず、重大な誤導を与える財務諸表を招く故意もしくは重大な過失(intentional or reckless)による行為である,と定義した。」(序章より抜粋) | ||||||||||
つまり、というよりは、元々トレッドウェイ委員会の目的が「不正な財務報告」についての分析と改善のための勧告であるので、このことは当然のことだと考えられます。 ということはCOSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)レポートも当然「不正な財務報告」を改善するための内部統制の統合的枠組みを提供するものであると考えてもよいのではないでしょうか。これは、昨今相次いで米国と日本で法制化された内部統制にも無関係ではないと考えられます。 |
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2.法律、財務およびその他の分野での顧問 | ||||||||||
次に着目したいのは、「法律、財務およびその他の分野での顧問(以下「顧問」)」と題してメッセージを発しているところです。この前述したようにこの報告には、「公開企業」、「公認会計士」、「証券取引委員会およびその他の機関の規制環境」および「教育」に関しての勧告を行っていますが、これらの「顧問」は勧告の対象とはなっていません。なぜ対象とはなっていない「顧問」にメッセージを発しているのかを考えたいと思います。少し長くなりますが、本文を抜粋します。 | ||||||||||
『産業界および専門職業には、専門的で技術的な技能をつうじて、財務報告プロセスの重要な関係者との間で密接な作業を行うことができるいくつかのグループがある。このグループの中には、弁護士、投資銀行、財務アナリスト、経営顧問および企業資産の保全に責任を負う人々が含まれる。こうした専門家の活動が、公開企業の内部で行われようと、あるいは外部で行われようと、彼らは企業の最高経営者によってつくられる社風に影響を与えることのできる独特の立場にある。彼らは、最高経営者や取締役会に対する忠告や意見の具申を通じて、財務報告プロセスが生み出す結果に影響を与えることができるのである。 事実、過去に起こった不正な財務報告を調べた結果、上で列挙した広い意味での顧問が、様々な行動様式を通じて、かかる不正の原因となった力と機会を増大させてきたことが明らかになった。法的形式を厳密に尊重する弁護士は、適法と違法との間の微妙な一線を巧みにつくような方法により、依頼人が初期の目的を達するように助言をする場合がある。投資銀行は会計基準間のくい違いや会計基準の曖昧性を悪用して、疑わしい金融上の技法や取引を考案する場合がある。財務アナリストは、収益性と企業の財務健全性を示すその他の指標を使いながら、短期的な利益の達成に全力を注ぐように最高経営者に圧力をかける場合がある。法律顧問、財務顧問およびその他の経営顧問は、以上のような行動を通じて、不正な財務報告に部分的にかかわっているのである。』(序章より抜粋) |
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このメッセージは非常に多くの識見に富んでいます。まず第一にこれら「顧問」の行動は、場合によっては、不正な財務報告の要因といえると考えている点、第二にこれら顧問の行動が不正な財務報告の要因といえるとしながらも、今回の報告において勧告の対象とはならなかったという点です。 第二の点について考察するには、さらに本文を参照することが有益であると考えます。 | ||||||||||
『(中略)・・この点に言及したものとして注目すべきものは、故最高裁判所長官のハーラン・F・ストーン(Harlan.F.Stone)が半世紀以上も前に、法曹界の会員に対して行った演説がある。 反社会的な経営実務を黙認することを拒否してきたことにより、われわれは、これまでのところ、こうした実務に遭遇してはいない。しかし、かかる実務は一般大衆のなかにひとしく存在しているものである。過去の時代に遡って反社会的な経営実践が行われていたことをいってみても、それは的を得たものではないことは確かである。というのは、反社会的な実務の多くは現在でも依然として法の許す範囲にあるからである。それゆえ、かかる反社会的行為に立ち向かうためには、われわれが法律上の権利を守る以上のことをすることが必要である。法がいまだ禁止していない反社会的な行為に対しては、われわれは、文明社会の一つの機能としての警察官の警棒に頼るのではなく、かかる行為をとがめる専門職業基準による制裁に訴えることが必要である(Harvard Law Review, Volume 48, P.13, 1934)。』(序章より抜粋) | ||||||||||
このハーラン・F・ストーン氏の演説は、氏自身が善良な社会の住人であることを示していますが、一方で「反社会的な実務の多くが現在でも依然として法の許す範囲にある」ことを認めています。 このことが、これら「顧問」がこの報告の勧告の埒外であることの理由と考えられます。不正な財務報告の直接の当事者でない彼らにはそこまではいえないと考えたのでしょう。 しかしながら、私見ではありますが、金融危機に始まる今日の状況を鑑みるに、彼ら「顧問」の責任は決して軽いものではないと思います。 | ||||||||||
3.その他の重要なポイント | ||||||||||
序章におけるその他の重要なポイントとしては、「勧告の基礎となる重要な結論」、「不正な財務報告の問題を量的な問題としてとらえること(は不可能であったこと)」および「本質的な限界および継続的な努力の必要性」を挙げたいと思います。
第一に「勧告の基礎となる重要な結論」においては、『委員会の勧告は、全体として、不正な財務報告に対して均衡のとれた対応をなすものである。本委員会がとくに強調したいところは、全体的な視点にたって、ここでの勧告を評価することの重要性です。このことは、勧告どれ一つとっても、他の勧告と切り離して考えるべきではないことを意味している。』(序章より抜粋)と述べています。これは、勧告相互の関連性を検討しながら、各当事者が相互に連携して、バランス良く勧告を適用することが肝要であることを意味しています。 第二に「不正な財務報告の問題を量的な問題としてとらえること」においては、『委員会は、不正な財務報告の問題を量的な問題としてとらえようと努めた。しかし、それは不可能であった。本委員会は、これまでのところ発見されていない不正な財務報告を金額または内容の面から明らかにすることはできなかったし、また、すでに発見されたものではあるが種々の理由のため、法の執行官による訴追を受けていない不正な財務報告事例の数を明らかにすることもできなかった。それゆえ、不正な財務報告の行われている実際の範囲を推定するということは、証券取引委員会が行った不正な財務報告に対する訴訟の数を同委員会に対する財務報告書の報告総件数と比較する、といった単純な問題ではないのである。』(序章より抜粋)としています。即ちこれは、不正な財務報告の問題を、比較可能な程度問題では語れないことを意味していると考えられます。 そして、第三に「本質的な限界および継続的な努力の必要性」においては、『(前略)・・しかしながら、委員会の行った49の勧告全てを実施したからと云って、不正な財務報告がなくなるわけではない。同様に、勧告の一部または全部が実施されていない場合において、不正な財務報告が発生したとしても、ただちにそのことに責任があることにはならない。・・(中略)・・ここでもう少し注意を喚起することが必要である。産業界および専門職業界において、また一般投資家の間において、不正な財務報告に対する認識がより高まってきたことは重要であるが、不正な財務報告に対する社会の期待をむやみに増幅すべきではないということも同様に重要である。・・(後略)』(序章より抜粋)としています。これは、不正な財務報告に対する勧告の限界を示すとともに、この勧告の実施が不正な財務報告をなくすことを(合理的な水準であれ)保証するものではないということを示していると考えられます。 |
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4.結びに | ||||||||||
前述したこの報告のポイントを総合すると、この報告は、「不正な財務報告」に関する社会の認識を高め、関係当事者が相互に協力してバランス良く勧告を実施することにより、全体的に「不正な財務報告」が発生するリスクが低減することを意図していると考えられます。そして報告内容には「勧告の限界」、「現実との矛盾」を明らかにしています。そしてこの限界と矛盾は、今日の内部統制法制の矛盾そのものであるといえるでしょう。
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