寄稿

証券マン時代を経て・・・

第20回 リレー随筆  荻窪輝明

 先日、以前の職場で同期だった友人が結婚を期に、はるばる東京から遊びに来てくれました。私は転職し現在この職業に就いていますが、その同期も現在はファンドマネージャーに職を変え、証券アナリストである奥さんと共に新たな道を歩んでおり、久しぶりの昔話に花を咲かせました。その話題の中心であった、私の前職経験を振り返ります。

 いつもどおり、朝五時半の電車に飛び乗って六時過ぎに到着。支店の若手が集まり日経新聞の読み合わせや株式マーケットの番組を視聴、そしてミーティング、市場が始まるや否や営業活動を開始。休日を含む顧客のライフスタイルに合わせたアポイントをこなしながら、夜遅くまでの営業活動になることもしばしば。締めのミーティング、深夜の帰宅。これが私の営業時代の一日のスケジュールでした。
  就職活動を始めた当時、金融業界を回ると『金融ビッグバン・間接金融から直接金融へ』という言葉が踊り、その勢いに期待を膨らませた私は、とある上場証券会社に思い切って入社することにしました。当時の証券市場ではITバブルが崩壊し、かなりの株が値崩れを起こしていました。おまけに巷では超就職氷河期と言われるなか不安を持ちながらの就職活動でしたが、三社目の会社訪問であっさりと内定をいただいたその企業に入社できることに正直ほっとしていました。
  ところが営業活動が始まると市況の影響もあり、その風当たりは想像を超える大変なものでした。日々新規開拓という単純な営業スタイルの繰り返しでしたが、飛び込みで訪問に行くと名刺やパンフレットを目の前で破られたり、電話をすると「今度かけてきたら警察を呼ぶ」などと怒鳴られることも珍しくはありませんでした。学生時代にイメージする『証券マン』がちょっとかっこよく思えるのはなぜなのでしょうか。現実は数週間の新人研修で男性職員が一割も退職してしまうほどだったのです。
  負けず嫌いであることは時に自分を苦しめ、数字で評価される世界ではトップになりたいと素直に思い、先輩にも必死でついていこうともがく毎日でした。スーツや靴はすぐボロボロになり、毎月一足は買い替えることが常になりました。しかし辛いことが多くても人間単純なもので、成果が出て評価されると嬉しく思い、次の原動力のひとつになるものです。後輩が入社すると自身の業務を続けながら新人教育を任されるようになり、三年目から労働組合の幹部としてボーナス交渉に臨むなど、今思うとぞっとする忙しさだったと記憶しています。
  若手の離職者が多い中で新人を強化するため、五年目に元の営業拠点であった京都から東京本社へ研修部のメンバーとして転勤になりました。新たな営業部署を立ち上げ、そこで半年間営業のイロハを施すという目的のもと、二十数名の新人を一手に引き受けることになったのです。とはいえ自分自身も同伴外交を繰り返す、初の東京の街での飛び込み営業。ちょうどマーケットが好転してきたこともあり、日々に追われていた営業スタイルとは全く違う種類の面白さを感じるようになりました。そこでの営業の面白さは、睡眠時間をほとんど取らずにスーパーマンのような生活をしているベンチャー企業の社長やCFOにたくさん出会って刺激を受けたこと、必要だと判断できる情報だと初対面に関わらず話を聞こうとオファーが来るオープンさ、とにかく情報に貪欲な方が多いこと。以前に増して顧客にどのような提案をすれば信頼され、満足を得ていただけるかどうかを模索するようになりました。
  一緒に仕事をする中で、新人には大変厳しくあたっていたように思います。身だしなみ、ビジネスマナーから営業に伴う成果についても相当高いものを要求することになったので、メンタル面でのフォローにもかなり時間を割くことになりました。各支店にはそれぞれの色があり、きちんと新人達を育ててくれるよう配属先にも配慮したので、一人の脱落者も出さずに彼らを送り出せた時は感無量でした。  証券会社に在籍した約五年間で様々な顧客との出会いがありました。一生懸命走り回っていた姿を見てまるで子供のように思えたと、新規口座を開いてくださった親世代の顧客。断っても断っても懲りもせず回り続けているしつこい営業マンがいると近所の噂になり、そんな骨のある人間ならばいっちょ試してみるかと連絡をくださった顧客。お前がトップになるのなら、と大金を任せてくださった顧客。結婚祝いに何でもいいからお勧めの株を買ってあげるよと言ってくださった顧客。営業ついでに自宅で夕食を御馳走になったり、転勤の際には涙を流してくださった顧客。思い出は様々ですが、自分という人間を信頼してくださったということに対して、今でも感謝の気持ちで一杯です。  顧客と良い関係を築くことで、紹介という新たな関係を生み出すこともよくありました。学生時代に聞いた「リピートがないのはクレームである(紹介がないのは失敗だ)」という言葉を思い出します。モノの移転が無いサービスの中で相手に約束した以上のことをする、そうすると顧客は驚きと感動を覚え、それはリピートにつながります。こちらが質の高い専門性を持ち提供するプロであることはもちろんのこと、それ以上に顧客は人として「自分がどう扱われているか」を見るプロであると思うのです。ですので、フィールドは違えど今現在も会計士として顧客には良し悪しを審査されていると意識しています。

 私は東京に地名を持つ名前のとおり東京出身の人間ですが、何となく肌に合うこの関西に戻ってくることになりました。退職を決めて。そして脈絡もなく奨められるまま会計士の世界に飛び込みます。チャンスは一度。心底不安だったであろう妻の「大丈夫でしょ」という言葉がどこかに届いていたのか、痛んだ靴で走り回っていた営業マンが今、会計の道で切磋琢磨しています。

『東京の一年生より』 『海外研修,組合活動,表彰式にて』