特集

「監査法人事務所長へのインタビュー」

太陽ASG有限責任監査法人 山田茂善所長
日本公認会計士協会 準会員会(旧会計士補会) 近畿分会

     福田雅子さん  山田茂善事務所長

                 川野兵馬さん 滝本拓也さん 

 
 
インタビュー趣旨
 
 現在、日本公認会計士協会近畿会では1,362人もの準会員が所属しています。(平成21年3月末現在)これだけ若手が多くなってしまうと、トップの想いを若手が知る機会は少なくなってしまうのではないでしょうか?
 今回、「監査法人のトップにご意見を伺い、若手、特に準会員のモチベーションを図る」ことを目的とし、各監査法人の所長にインタビューを敢行して参りました。各監査法人のトップの現在の監査現場、人事制度、そして会計士業界の将来に対する熱い想いを語って頂きました。  なお、本インタビューは、原則として過去2年間(H18、H19)5名以上の新入職員を採用された監査法人を対象としております。

 (準会員会 近畿分会)

○準会員会(旧会計士補会)
まず、二次試験に合格されてからの略歴を教えてください。
○山田所長(以下、山田)
   私は、公認会計士二次試験合格発表の前に、デロイト・ハスキンズ&セルズ公認会計士事務所に入所しました。その当時は会計士が不足していて、まだ合格していない受験者でも採用していたのです。結果的にはその年に合格しておりました。デロイト・ハスキンズ&セルズでは、4年間ほどSEC上場会社の監査を経験しました。しかし、徐々に年次が上がり、インチャージを任される頃になると、アメリカから来たパートナーと英語で話さなくてはいけません。"Mr.Yamada,let’s discuss"と(笑)。先方が来る前からとてもプレッシャーがかかってしまい、言わなくてはならない問題があったにもかかわらず、思わず"No problem"と言ってしまいました。もう英語は限界だなと思い、当時の中央監査法人へ移りました。そこで2年ほど勤務した後、太陽ASG有限責任監査法人の前身である太陽監査法人に入所したのです。
  当時の大阪事務所はほとんど上場会社もない状態でしたが、IPOをしたいという会社がいくつかありました。たまたま私が中央監査法人でIPOを経験していたことから丸抱えでIPOを担当するようになり、毎年1、2社ずつ、上場させていったのです。非常に大変な業務でしたが、監査のように終わった過去を見るのではなく、将来に対する生産性があり、やりがいがありました。それで事務所からも認められ、30歳代半ばで代表社員になりました。  その後、3年前にASG監査法人と合併し、現在は事務所長兼CEO補佐ということで、法人全体をマネージメントしています。
○準会員会 東京事務所と大阪事務所の立場はどのようになっているのですか。
○山田  一般的には、大手法人も含め、東京が中心で大阪が従属的な立場のケースが多いじゃないですか。それに対して、私どもの事務所は完全にフェアな状態で運営しており、大阪の意見もよく反映されていると思います。  ただ、ちょっと脱線するかもしれませんが、今回有限責任監査法人になった時に、東京では、名称変更に伴って、印刷物を全部作り直すと考えていました。私は、少し前に合併して法人名が太陽ASGに変わり、また有限責任監査法人に変えるのだから、大量に残っている旧名称の印刷物を作り直すのではなくてシールを作成し貼ればいいと話をしました。
  すると東京では「そんな格好の悪い、100万円もかからないじゃないか」と言われました。私は、「そういう問題ではなく、 “もったいない”という意識が重要であり、ちょっと格好は悪くとも印刷物にシールを貼ることによって、『一生懸命節約させて頂いております』という姿勢をクライアントに示すことが大事だ」と言いました。結局意見は物別れになり、大阪はシールを貼り、東京は印刷物を作り直すことになったのです。
  また、我々は事務所の経費を少しでも安く抑えるため、家賃の値下げ交渉を再々行い、その結果、東京事務所のある青山とは坪単価が大阪事務所と3倍以上の差が生じました。この固定費の差は非常に大きく、現在のように収益環境が厳しくなってくると、収益力に大きな差が出てきます。中小の監査法人が機動性を保つためには、固定費をできる限り小さくすることが重要と思います。ただし、人件費は別物です。
  監査法人というのは人材が全てですから、私は、給与面や環境面において、できる限り最高水準に持っていきたいと思っています。例えば、大阪ならオフィス街の一等地に事務所を構える必要もなく、ある程度信頼性が維持できて利便性がよければ、私は一等地に高いお金を払うよりも人に投資したほうがいいと考えています。特に中小になるほど、大手のように有名な看板がないので中身や人で勝負していかなければなりません。よって、そこの部分にできる限り経営資源を投入していきたいと思っています。
○準会員会 よくわかります。コスト意識を持つことは大事ですよね。
○山田  特に大阪の会社からすると、監査法人は、やれ人件費が上がったから、やれ四半期だから、やれ内部統制だからと、何かあれば値段を上げてくれと言ってくるけれど、あなたたちがコストダウンのために努力している跡なんて見たことがない、とそう思っています。メーカーだったら1銭、2銭をコストダウンするために、どれだけの努力をしていることでしょう。我々会計士の思考体系の中にそういった発想がもともとあまり存在しないのかもしれません。しかし、今後は、ある一定以上のクオリティーを確保しながら、どうやってコストダウンを図っていくかということを真剣に考えていかないとだめだと思います。
  ですから私どもがクライアントと報酬の話をするときは、「会社さんと一緒にコストダウンを図っていきましょう。だから御社も協力してください。」とお話させて頂きます。
  例えば、我々が往査に行っても全然資料ができていない。みんな、空振りする。これは全くの費用の無駄です。やはり、伺った時に必要書類をそろえて頂いたら、我々もそれに対応して、適時適切に監査手続きを実施できます。そうすればお互いに無駄なコストが削減できるじゃないですか、と。このような姿勢がクライアントさんに対して一番説得力があると思っています。
  クライアントとは独立性は確保しつつも、ある程度価値観を共有していかないといけない部分もあると思います。そうでなければ、なんか浮世離れした業界、あるいは浮世離れした人たちだという風に見られてしまいます。これは本当に業界全体で考えないといけないと思うのです。
○準会員会  これを法人内で浸透させる際に、規模の面でミッドサイズ・ファームは思いを伝えやすいという意味で利点ですね。
○山田  そうですね。基本的にはオープンスペースのワンフロアの中心に私が座り、フロア全体を見渡せるようにしています。すると、みんながどういう考えをしているのかがFace to Faceである程度わかります。体調がよくないんじゃないか、何か悩んでいるんじゃないか、仕事に対して全然気合いが入っていないんじゃないかとかですね。私は、この全体を見渡せる規模というのが非常にありがたい大きさだと思っています。
  だから、いつも言っているのですが、我々は戦艦大和を目指すのではなく、イージス艦を目指そうと。つまり、一隻で空母にも戦艦にも対応できる機動性と攻撃力を持った中身の充実した組織を目指したい。大阪事務所としては、規模を追求するのではなく、あくまでも人材の育成とクオリティーの高さを目指したいのです。
○準会員会  では、貴法人の風土の部分で、結束力を高めるために何か取り組みはされていますか。
○山田  まず1つは、先ほどのワンフロアです。すべてを見渡せることによって、あらゆるコミュニケーションが図れるようにしています。もともと私は、どちらかというと個性の強い人間を採用する傾向があるのです。一芸に秀でたる人間、個性を持っている人間というのは、それなりに自分のアイデンティティーとポテンシャルを持っている人間なので、その人間が前向きな発想を持ってくれたら、知識や経験は後でいくらでも積み上げることができます。そういう個性の強い人間をまとめあげるためには、彼らを型にはめず、それぞれを尊重することが重要だと思っているのです。自由な発想のもと、自由な意見を事務所内で言える仕組み、そういう風土を作っていきたいと思っています。
  次は雇用形態です。私どもがそれなりの人材を採用できたのは、雇用形態を非常にアグレッシブにしているからだと思うのです。  会計士にはそのまま監査法人のトップになりたいという人もいれば、独立したいという人もいるし、コンサルティングに行きたい人や、システム会社に行きたいという人もいます。それぞれ色んなルートがあるので、採用の際、いかにそのルートに乗れるようにできるかを考えます。だから、これは決まったルールではなくて、個別の相談で対応しています。
 例えば、将来システム会社に2〜3年勤務してから戻りたい、あるいは独立したいけど結婚しているし子供もいるので毎月一定の生活費が欲しい等です。前者については、経験を積んで帰ってきてくれることは大歓迎ですし、その分評価もプラスします。後者については、毎月必要な一定額を渡し、月々のパート代金で最終的に年度調整します。このように各人の要望にできる限りアグレッシブな対応を心掛けることによって、結果的にいい人材に来て頂けていると思っています。
  あとは年1回の社員旅行ですね。これだけは、海外でちょっと贅沢に行こうと決めています。泊まるところは絶対その地の一番のホテルに泊まります。やはり一流を知るというのは大事で、経営者やオーナーと話をしようと思ったら、こちらが一流のホテルに1回も行ったことがないと、もうそこで負けてしまっている部分があるのです。食事も同様です。年1回の贅沢ということで、そこはケチらずに一流のところへ行って、一流のことを体験します。そのときは仕事のことをきれいさっぱり忘れて、それぞれ自由に勝手に遊んでもらいます。旅行中に全体でまとまって何かするとしたら、それはみんなで1回食事をとることだけで、あとは全部自由。これも大阪事務所全体で100名未満の規模だから出来ています。そして、この自由行動のときこそマネージメントの立場からすると各人のポテンシャルを見極めるチャンスでもあります。
○準会員会  先の話にも出たのですが、人材を採用されるときの基準は、個性の強い方とか、一芸に秀でていらっしゃる方、コミュニケーション能力のある方を評価基準としているのですか。
○山田  そうですね。でも、その前にまず第一番目は人としてのあいさつです。これができない会計士というのは、本当にびっくりしますよ。会社の方に会っても知らん顔など大阪の商人ならとんでもない話です。他に重視するのは、コミュニケーション能力とか個性とか前向きな姿勢でしょうね。
○準会員会  例えば、一芸とか個性というのは、具体的にどのようなことですか。
○山田  例えば、当事務所には前職が宅配業者だった人間がいます。ちょっと年齢が高かったので、大手ではなかなか採用されなかったようです。でも私は、この人は荷物を運ぶのはうまいだろうし、過酷な労働環境で会計士試験に合格しているということは、かなりの努力家であり、忍耐力を有していると判断し、即採用(笑)。今は、本当によく頑張ってくれていますよ。一芸というのはそういう感じです。
○準会員会  本当にまったく監査とは関係ありませんね。
○山田  全然関係ありません。芸は身を助けるといいますが、人間は一芸に秀でていれば何かプラスになると思うのです。何かを一生懸命にやったということの証しですから。だから、その人は他のことでも、監査でも、勉強でも一生懸命やるだろうという期待感ですね。
○準会員会  新入社員の給料水準、及び昇給制度はどのようになっているのですか。
○山田  入社時は比較的低い給料水準でスタートしますが、毎年の昇給によるアップは他法人より大きく設定しています。自分が仕事を覚えて、相応に給料も上がったほうが気持ちいいと思うのです。最初から給料が高いと、仕事のレベルがどんどん高くなっているにもかかわらず、わずかしか上がらないとなれば、逆に張り合いがなくなります。
  この点、大阪事務所と東京事務所では入所時点においては東京事務所の方が高いですが、一般的には数年で追いつきます。大阪事務所においては、人事評価において、能力ウェイトが高いので、頑張っている人に対しては比較的高い給料水準になっていると思います。
○準会員会  人事について、これからは競争原理が働くと思われます。昇格の一方で、降格はありますか。
○山田  ルールとしてはあるのですが、下からそういう話が上がってきても私は止めます。降格する人間というのは、本人にも問題があるかもしれませんが、それを管理している我々にも責任があると思います。人間というのは、先ほどの一芸の話ではないですが、みんなそれなりの能力を持って生まれているし、神様は平等に生んでくれていると思うのです。 
 大切なのはその人が持っているポテンシャルを最大限発揮できる環境づくりと適材適所です。この仕事は向かないけれど、これだったら向いている。例えば、オーケストラの新入りにドラムを叩かせたけれども一向にうまくならない。しかしトランペットを吹かせてみると、とてもいい音を出すかもしれません。なので、基本的に降格はさせません。どちらにも責任があるからです。
 ただ、一番厳しくしないといけないのはやる気のない人間です。この小さな法人では、神輿を担ぐ一人一人が負うウェイトは重くなります。何百人で担ぐんじゃなくて、何十人で担ぐわけですからね。やはり、手抜きが一人でもいるとみんなに影響が出ます。  でも、やる気を持って頑張っている人間が間違うことは一度受け入れ、同じ問題を繰り返さないように指導し、話し合い、適材適所であるかを検討します。
○準会員会  今後の業界展望についてはどのようにお考えでしょうか。
○山田  監査法人の経営そのものが厳しくなってくると思います。  現在は『監査報酬白書』が出されており、すぐに監査報酬を比較できるわけです。特に同じ監査法人で、例えば同じ業種をやっていて、どうしてうちのほうが高いのかとなりますよね。
  会社も賢くなって、監査法人を変えることについてだんだん抵抗がなくなっています。「うちはローテーションを採用し、5年単位で監査法人を変えていく」という会社も出てきています。本当に値段に見合う監査人としてのサービスが提供されているのかということと、監査報酬の見積もりにおいてもかなり厳密なものが要求されてくると思います。業界全体としたら、監査の品質管理、IFRSへの対応とコストダウン、中小監査法人にとっては特に財務基盤とのバランスの問題が非常に難しい局面を迎えるのではないかと思います。
○準会員会  最後に若手会計士へのメッセージをお願いいたします。
○山田  私が思うこの職種のいいところは、我々にとっての知識や経験という「仕入」が直接売上げに結びつくことです。
 だから、若いうちは時間の切り売りで働くのではなく、この仕事を任せられたのだからやりきるのだという請負の発想を持ってやってもらいたいと思います。同じ1時間仕事をするのでも、前向きに自分の知識・経験をアップさせ給料をいただいてありがたいと思いながら仕事するのと、1時間いくらで自分の時間を犠牲にしていると思ってやるのでは、将来大きな差になります。“ありがたい”という気持ちで一生懸命にやっていると、将来、在庫をたっぷり持った大きな店を広げられるわけです。逆に、若い時に時間の切り売りしかしていない人間は、いざ店開きをしようと思っても、たいして売るものは持っていないという話になってしまうのです。
  それともう一つ、今、全体に言えることは、会計士業界がリスクに対して極度に萎縮してしまっているということです。人間はそもそも生まれた瞬間からリスクを背負って生きています。交通事故に遭うかもしれない、病気になるかもしれない。リスクのない人生なんてないわけです。  しかし、大事なことは、人生のなかでリスクをどうコントロールするかを考えることであって、リスクをすべて排除することはできません。
  最後に、最近は監査法人の会社に対する発言力が強くなっているように思います。しかし、それは「監査意見を出しませんよ」という最後の切り札を出し過ぎているからであると感じます。面倒でも最後の切り札を切る前にいかに経営者に対して説得していくかが大事です。その説得力が先に述べたコミュニケーション能力であり、経営者や担当者をどう説得するかなのです。
 一生懸命前向きに「仕入」を行い、リスクをきっちりコントロールし、コミュニケーション能力を高めていくことが大事だと思います。人生、せいぜい30,000日。有意義な時間を過ごしましょう。
○準会員会  長時間お付き合い頂き、ありがとうございました。
○山田  どうもありがとうございました。
山田 茂善氏(やまだ しげよし)

【略歴】  
 ・生年月日 :昭和29年(1954年)10月12日
・年齢   :54歳
・最終学歴 :同志社大学経済学部
・公認会計士登録年 :昭和63年8月 
・現在の役職 :太陽ASG有限責任監査法人大阪事務所長兼CEO補佐