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会報部 |
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野々川幸雄著「勘定科目別にみた 異常点監査の手法」 |
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プレイバック会計本 |
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独立したら必ず購入すると決めていた本がありました。それは、野々川幸雄先生の「異常点監査の実 務‐勘定科目別」です。 10年目くらいの若手会計士には、「異常点監査」 といえば、反射的に野々川先生の名前が挙がるくらい、監査法人の図書室に行けば必ず1冊は所蔵されている「知っていて当たり前の本」であろうと思います。 | |
監査法人に所属する限り買う必要のないほど当たり前に存在していた本ですが、最近インターネット で注文しようと検索してみると、意外なことに、どの店でも「欠品」・「在庫なし」となりました。重版や改訂の最中かと思い、出版社である中央経済社に問い合わせると却ってきたのは、非常に残念な事 実でした。 | |
野々川幸雄先生がお亡くなりになり、本が廃版になったというのです。たまに返本されてくることが あるとのことで入手できたのが、「勘定科目別にみた異常点監査の手法」です。何とも貴重な一冊となってしまいました。 | |
この本は昭和60年の初版発行より25年経過した今日においても、内容の陳腐化を感じさせない名著 です。今となってはなかなか手に入らない本です が、本書より先生のお言葉を拝借してこの本の特徴を説明させていただきます。 | |
1.大失敗しない監査のすすめ方 | |
冒頭の§1大失敗しない監査のすすめ方には、旧著の序文が引用されています。 | |
(引用ここから) | |
「旧著の「異常点着眼の監査技法」の序に、私は次のような文を書いている。 「憶えば、意欲にもえてこの業界にとびこんだこ ろ、横領着服事件の発見に失敗し廃業を決意したのが夢のようである。 大学で習得したつもりの監査手法には、無差別式 監査と俗称されるものが多く、実務的に(経済的・生理的に)要求される監査日数では、監査という仕 事を一生に職業として選ぶことができないと思った からであり、古老会計士のいう「経験で監査の勘がつく」ということばが、実は「不正(粉飾・費消) の事例に精通し、諸々な会計記録の監査的な見方を 身につければ、不正の存在に関する推理力がつく」 という意味であることに気づかないためであった。 「勘」が監査人の能力の大部分であるならば、それは芸術であり、監査は、学問としてまたは技術として学ぶことができないものである。 また、会計記録上にあらわれた不正が、内部けん制組織と内部監査制度によって、企業側の手ですべて発見されることを前提とし、「独立監査人による監査の目的は、何の不正事実もない会計記録を監査して、会計記録または会計記録から作成された財務 諸表が、正当に記録されており、適正に表示されていることを証明(正しくは意見の表明)することにある」というのでは、私の常識では、学問としてはともかく、職業として成り立たないものである。」 |
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(引用ここまで) | |
この冒頭の文は、そのまま「異常点監査の実務勘定科目別」の冒頭にも引き継がれており、異常点監査シリーズの原点ともいうべき部分と思います。 この冒頭部分より、野々川先生が念頭に置かれた監査に対する問題意識が読み取れます。 |
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・ 監査資源の限界に基づく、資源の適切配分 | |
野々川先生が提起する問題の一つは、監査資源の制約です。 公認会計士には、様々な制約条件があります。ひとつは人数の限界(公認会計士約18,900名(平成 21年6月現在))、ひとつは監査報酬の限界です。 また、監査時間に対する生理的限界というのもあり ます。一定の監査資源(人、金、時間)を前提とし た場合、重要な論点は、監査資源の効率的な配分にあります。現状の監査理論ではなかなか肯定できないこの前提を監査実務の観点から真っ向から受け入れているのが野々川先生の理論の素晴らしいところです。リスクの高いところを異常点と定義し、異常点を洗出し、検証することに監査資源を投入し、問題がありそうなところを集中的に監査するための手 順を示しているのがこの本の特徴といえます。即ち、制約された監査資源のもとで大失敗しない監査をどのようにすすめるか?という点において「異常点監査」シリーズに勝る本はなかなかないと思うのです。 |
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・ 会計監査と不正発見の関係 | |
不正と誤謬のない決算資料を前提とした監査は存 在しないというのが野々川先生の問題意識の二つ目です。即ち、おおよそ監査人に提出される監査資料に誤謬のないものはなく、かつ意図的な誤謬を含むケースがおおく存在するという問題意識です。このことを前提にすると、会計記録に混入した意図的あるいは非意図的な不正・または誤謬を監査人は発見 しなくてはならないことになります。この場合にお いて監査人が看過してはならないのは、重要な虚偽表示に繋がる不正や誤謬ということになります。やはりこの点においても、異常点監査の手法は非常に有効な視点を与えてくれるものだと思います。 | |
・ 監査は、「勘」査ではなく、「推理力」 | |
自分が新人のときはわかりませんでしたが、経験 を積むにつれて先輩方が、さらに多くの経験と知識 に基づいた様々な監査の視点を持っていることに気
付きました。 しかしながら、それを言葉や文章にするのは思うよりも大変です。 「勘」が監査人の能力の大部分ではなく、経験に裏付けられて「推理力」であると定義し、その推理 を行うための手順を示したものが「異常点監査の手 法」という訳です。「勘」と「経験」という言葉で済ましてしまいそうになるこの説明困難な部分を「推理力」として、文章に表現することにより、監査実務そのものを実践的な学問に昇華させた点も、 この本の偉大な功績であると思います。 |
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2.異常点監査と統計的サンプリングの関係 | |
私も統計的サンプリングに関する著書(共著)を出したことがあります。したがって、異常点監査を 尊敬する私としては、統計的サンプリングと異常点監査の良い関係を書けると良いのですが、残念なが ら、野々川先生は統計的サンプリングがあまりお好きではなかったようです。そのくだりは、この本の後に執筆・出版された「異常点監査の実務」の方に記載されています。お世話になっている先生の事務所に「異常点監査の実務」がありましたので、引用させていただきます。 | |
(引用ここから) | |
「2.統計確率を利用する方法 これは経験的試査の主観性を排除するため、商製 品の品質管理手法として使用された数学を利用しようとしたものである。しかし、「統計的サンプリングの解説書で研究する限りでは、統計的サンプリング手法には数学的合理性はあるとは認められるのだが、これを監査の実務の場で実際に利用してみる と、公認会計士監査において、果たして、これを利用してよいものだろうかという疑問を感じる」とい う監査人が多いのが実情である。(中略・・・) 残念ながら、現在でも両者を渾然一体とする手法は開発されていないが、統計試査万能とする監査人が あまりにも多いので、以下にその実務上の問題点を 示してみよう。」 |
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(引用ここまで) | |
※両者とは、「異常点試査」と「統計的試査」を意味する。 | |
実務上の問題点については反論はありますが、原文をお読みいただくとして、ぶっちゃけると野々川 先生は、統計的サンプリング万能論、即ち「統計的サンプリングを実施すれば、非常に強い監査証拠が 得られる」という単純な発想に強いいらだちを感じ ておられるように思います。
野々川先生の文章には、「異常点試査と統計的試査が渾然一体とした手法は開発されていない」とさ れていますが、この二つの関係は平成9年に発表さ れた監査基準委員会報告書第9号(中間報告)「試査」(以下、報告書「試査」)で明らかにされてい ると考えます。報告書「試査」においては、試査は「サンプリングによる試査」と「特定項目抽出によ る試査」に分類されています。 「統計的サンプリング」は前者、「異常点監査におけるサンプリング」は後者に分類されているのです。このことから両者は、サンプリングの目的が違 う別々のものということになります。 しかしながら、どちらの手続きを利用するにせ よ、両者の監査作業の基本は「母集団の分析」が基礎になります。即ち、異常点監査ではその母集団の中から、様々な視点の質問や調査により、異常点を あぶりだし、ピンポイントでサンプリングを行う「特定項目抽出による試査」です。一方、「サンプ リングによる試査」に属する統計的サンプリングにおいても母集団の分析は重要です。なぜなら、統計 的サンプリングにおいて確率論的評価をするためには、母集団の均質性が重要とされるからです。多くの統計的サンプリングの解説書は、その始まりが「母集団が均質であること」なので、母集団の分析 の必要性については、あまり触れられていないよう に思います。 よって、両者の関係は、「異常点監査」の母集団の分析という行為を基礎に、異常を示す項目を「異常点監査におけるサンプリング」で監査する一方で、その他の異常点以外の項目群を「統計的サンプ リング」により、評価するという関係にあると言え ます。 ![]() 件)で盲目的にサンプリングをするように見える統計的サンプリングが、万能的と誤解されるのは問題 と心配されたのではないでしょうか。 異常点監査に寄せられる唯一の批判が、前述の「異常点以外の項目群と切って捨てた部分」に対す る監査手続きに関する考察であると思います。リスクが低いと評価した領域に対する監査手続きには簡便的な監査手続きが適用できますが、この領域に対する補完的で効率的な監査手続きが統計的サンプリングであると言えそうです。 |
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もはや、野々川先生とお話しさせていただくことはできないのですが、統計的サンプリングも、「異常点監査の手法」の上に成り立っている技術であることと、一年生会計士の諸氏に新しい一年生が合格する前に是非読んでおいていただきたい一冊であることを申し上げて、今回の結びとさせて頂きます。 | |