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監査人の独立性について考える |
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松本祥尚(関西大学大学院会計研究科) |
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T問題の所在 | |
わが国の公認会計士業界において生じていると言われる「監査現場の疲弊」について、日本公認会計 士協会近畿会「監査現場再生特別委員会」が近隣地域会6,319人の会員・準会員を対象に実施したアンケート調査結果(回答総数854件)は、監査現場への過剰な負荷が生じている主な原因として、(1)事務所の品質管理への対応、(2)独立性規制に対する反 応、ならびに(3)監査人に負わされる責任への対応、 が主な原因であることを示している(JICPA[2009a][2009b])。以下では、このうち、特に会計 士が監査を専担するようになった頃から続く、古く て新しい争点である(2)の監査人の独立性について、 監査の機能の面から検討したい。 | |
U監査の伝統的機能と独立性……独立性規制に対する反応 | |
上記アンケート調査結果は、監査現場における独立性規制の過度な強調が、監査の機能である指導機 能を否定したことから、中堅会計士が職業的専門家としての「やりがい」を失い監査現場から離脱していることを明らかにした。このような事態は、公認 会計士の監査業務に対する魅力を失わせ、ひいては会計士に対する魅力をも失わせかねないという点で、1948年公認会計士法制定以来、監査業務を独占する専門職業としての公認会計士の存在意義をも問われかねない。 監査の機能として挙げられる指導機能と批判機能は、わが国に監査が導入された頃から監査にとって不可欠の重要な機能として紹介されてきた。 |
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●批判機能 | |
会社の経理又は財務諸表の適否を会計基準に照らして批判的に検討すること | |
●指導機能 | |
会社組織を改善し適正な財務諸表を作成せしめ るために会社に対して助言・勧告による指導を行なうこと これら両機能が顕在化する局面としては、監査業務の遂行中に財務諸表上の欠陥を発見する局面で批判機能が顕在化し、当該欠陥を修正するための助言・勧告を行なう局面で指導機能が発揮されることになる。しかし監査人からの指導を受け入れるか否かは、二重責任の原則から経営者の任意であるため指導機能には限界がある。もし経営者が監査人からの助言・勧告を受け入れた場合には、財務諸表の欠陥は是正され、適正になった財務諸表と無限定適正意見の監査報告書が市場に供されるのに対して、経 営者が受け入れなかった場合には、財務諸表の欠陥は是正されず、適正でない財務諸表とともに当該財務諸表を修正するための情報(除外事項)と無限定 でない監査意見が記載された監査報告書が市場に流 布される。この監査の最終段階における除外事項の記載と無限定でない監査意見の表明が、批判機能の発揮される2つめの局面と理解されていることか ら、批判機能が監査における優越的・本源的機能と称される。 これら2つのルートの何れを採ったとしても、主たる意思決定情報としての財務諸表とそれを補足す るための監査報告書という、両方の情報を受け取る 限り、利用者からすると情報内容的な面では差は生 じない。すなわち何れのルートでも、意思決定情報としては、もともと正しい(或いは監査人が提供する情報を用いて正しく修正できる)財務諸表を利用 者は入手できるため、その意味では必ずしも指導機 能が発揮されなくとも利用者に意思決定上の不都合 は生じないと言える。 しかし例え監査報告書による除外事項等の追加的 な情報提供があったとしても、欠陥のある財務諸表がそのまま市場に供されるような環境が、果たして市場として望ましい環境といえるかが問題である。 金融商品取引法(以下、金商法)第1条では、 ディスクロージャー制度の整備と金融商品取引業者 への規制によって、金融商品取引所の適切な運営を 図り、証券発行・取引の公正化、流通の円滑化、ならびに公正な価格の形成を達成することを趣旨とす る。この趣旨を達成するためには、適切な意思決定 資料の提供が不可欠であり、公表される財務諸表は全て適正であることが望ましいのは言うまでもない。この事実を反映し、監査報告書の標準雛型は無限定適正意見報告書であるとされ、今日実際に公表される上場会社向け監査報告書の殆ど全てが無限定 適正意見報告書である。このような理解は、適正でない財務諸表が公表される市場と適正な財務諸表が 公表される市場を比較してみれば、容易に納得され よう。つまり適正な財務諸表が公表されているかどうかは、市場参加者が何れの市場を選好する可能性が高いか、という市場選択の問題と言える。 以上の結果、指導機能の重要性について、「近代監査の主目的である利害関係者保護のためには、彼等に対して適切な判断の資料を提供する必要があ り、公表される財務諸表は全て適正であることが望ましい。……会社が常に適正な財務諸表を発表し、 監査人をして批判の余地なからしめることが実は監査の真の目的なのである」(日下部[1963])と指摘できるのである。このように批判機能が監査の基本的な機能であると言うことは否定されないものの、 指導機能を否定する監査は、ディスクロージャー制度の趣旨からして必要とされないと解される。 |
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V指導機能とコンサルティング業務 | |
指導機能との関係でよく引き合いに出されるのが、会計事務所によるコンサルティング業務の提供 である。特に2002年アメリカSOX法や2006年わが国金商法において、被監査会社に対する監査業務とコンサルティング業務の同時提供が禁止されたことから、コンサルティング業務に近似する監査上の指 導機能に対して、監査現場がヨリ過敏に反応してい る可能性がある。 SOX法においてコンサルティング業務と監査業務 の同時提供が禁止されるに至った根拠は、非監査業務報酬の監査業務報酬に対する相対的な大きさか ら、報酬額の多いコンサルティング業務を失いたく ない監査人が監査業務の方で被監査会社に妥協し、 それが監査の失敗を招いたという主張にあった。しかしその主張は、必ずしも客観的に研究成果として実証されたわけではない。むしろ監査報酬の相対的 に大きな企業の方が、監査は失敗することが多かったということすら言われている。要するに、両業務 の同時提供の禁止に積極的な根拠はないものの、 ディスクロージャー制度を規制する機関が監査人の 外観の問題を重視した結果といえる。もちろんこの外観が侵害されていると判断し得るかどうかに関す る客観的な検証はなされていない。 このように曖昧な根拠によって導入された監査とコンサルティングの同時提供禁止が、コンサルティングと性格的に近似する監査上の指導に対しても、 わが国では禁止に近い形で扱われてしまっているこ とになる。以下では、コンサルティング業務と指導 機能との異同点を示した上で、指導機能の発揮が必 ずしも独立性に抵触することのないことを確認した い。 コンサルティング業務の性格は、会計士業務の創造的・建設的機能として理解されるものであり、クライアントからの要請に基づいた業務改善や発展指向の情報(代替案の提示)提供を内容としている。 つまり業務遂行上のイニシャチブを採るのは、経営者側であって監査人ではない。逆に監査業務における指導は、監査手続の実施過程において発見された財務諸表上の欠陥に対して、監査人の側がイニシャチブを採って財務諸表適正化のための情報提供を行 なうことを内容とする([図表]参照)。 共通点としては、何れの場合も経営者に対する情 報提供という点では同じであり、基本的には複数の代替案(評価案も含め)を経営者に提示することによって、経営者の選択を可能とするものであり、何 れの案を選択するかは経営者の専決事項であるという点が挙げられる。しかし指導機能は、経営者が当 該助言・勧告を受け入れなかった場合には、投資者 等の意思決定者を情報利用者として想定した批判機 能が必ず事後的・付随的に行使されるという点で、 経営者に対する単なる情報の提供に留まるコンサルティング業務とは異なっている。指導機能とコンサルティングとの相違は、その起動時にイニシャチブを採る主体が誰であるかという点と、業務の最終局面において公益の観点から意思決定第三者に対する批判的な情報提供がなされるか否かという点にあ る。 監査人の独立性が問題とされるのは、監査人が経 営者の意思決定に関与し、その結果が財務諸表に顕 在化した場合に、自己監査に陥り公正不偏の判断が 下せなくなるような事態が想定される。しかし[図表]でも確認したように指導機能を発揮したからといって、それは財務諸表を適正化するための代替的 な情報提供(評価案も含む)に留まるのであり、代替案の選択局面が経営者の専決事項とされる限り、 また必要に応じて監査の最終局面での批判的な結論 が表明される限り、監査人の独立性に疑念が生じる余地はない。 |
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監査業務における指導とコンサルティング業務の比較 |
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Wおわりに | |
本稿で検討したように、監査業務において指導機 能が発揮されることは、わが国証券市場が正常かつ円滑に機能するためには不可欠のものであり、当該機能を発揮しないことは監査業務を公正化することに繋がるというよりも、むしろディスクロージャー制度の趣旨を逸脱することにもなりかねない。また コンサルティング業務と監査業務の同時提供の禁止自体に積極的な根拠があったわけではなく、そのよ うな曖昧な根拠のもとに導入された同時提供の禁止に引き摺られるような形で監査上の指導までも否定 される、あるいは消極的に扱われると言うことは、 そもそも指導機能が自己監査に陥る可能性を持たな い以上、合理性を欠いた対応と言えよう。 |
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主要参考文献 | |
日下部與市[1963]『会計監査詳説』中央経済社。 |
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