特集

第30回日本公認会計士協会研究大会

「翔る!公認会計士 ―グローカリズム時代に果たす使命― 」

 
午後の部
 午後の部 第4会場においては、「なぜ職業倫理 は理解し難いのか」と題して、日本公認会計士協会 事務局の中村譲氏による発表がなされました。その主な内容は以下のとおりです。
 
はじめに(研究の目的)
 職業会計士の職業倫理規範の背景と考えられる倫理的推論などの学究的な成果を取り込んで、その研 究と職業倫理規範及びその実務との間の橋渡しをし、倫理規範の論理構造を探って、規範についての理解に繋げることを目的とする。
 
T.職業倫理の理解の難しさ
 倫理規則は、6つからなる基本原則と基本原則を 遵守するための概念的フレームワーク・アプローチ を中心とした規範となっている。この概念的フレームワーク・アプローチは職業倫理の遵守のための脅 威の認知及び評価、業務の判断プロセスを理論的に構築したものと捉えられるが、このフレームワーク・アプローチ自体が職業倫理の理解や実務上の判断を難しいものにしていると考えられる。
  このフレームワーク・アプローチを含め、職業倫理についての理解や判断を難しくしている理由とし て、次の事項があると考える。
@ 基本原則ベース(principle base)の規定であること
A 心理学等の他の領域に及ぶこと
B 意思決定過程に働く利己的バイアス(bias)が関わっていること
C 経営上の倫理と重なっていること
以下、これらの事項をキーワードに、職業会計士の職業倫理規範について考察する。
 
 1.基本原則ベース(principle base)の規定
 基本原則ベースの規定に対する理解の障害となっている要因としては、職業専門家として規則指向的 な傾向が強いこと、及び同様な価値思想を持ち、似かよった教育を受けていることを前提とした「ムラ」社会的な背景を持つ日本人の法意識構造に深く 関わっていると考えられる。
 
2.心理学等の他の領域
 心理学を用いた職業会計士の職業倫理に関する実 証的な研究では、職業会計士の業務において生じや すい倫理的葛藤の要因やその解決過程である倫理的推論過程等を分析し、その推論の水準に影響を及ぼす要因との関係を解明しようと試みられている。
  倫理的葛藤は、仕事上の集団や組織並びに社会全体から常に影響を受ける。例えば、監査チームであったり、監査事務所や依頼会社である。特に会計 や監査においては、外部集団を保護する必要性に基づいて、独立した専門職として存在しているため、 外部集団の要因としての意義は大きい。
 倫理的葛藤を生じる要因としては、以下の7つが 最も一般的なものとして挙げられている。
@報酬 Aアドバイザリー業務 B地位と昇進 C依頼者の確保 D競争 E仕事の安定 F事務所内 における親和
 
 3.意思決定プロセスに働く利己的バイアス
 実証的な研究成果によって、利己的バイアスによ り判断が歪められている可能性がある側面として、 次の6つがあると言われている。
 @曖昧さに働きやすい A依頼者との関係の継続 B第三者の判断の承認 C親しい人を窮地に追い込むことはできない D長期的な損得より目先の利益 を求める E小さな過ちや見落とし
  倫理規則において基本原則の遵守に対する脅威として挙げられている、5つの脅威(@自己利益の脅 威 A自己レビューの脅威 B擁護の脅威 C馴れ 合いの脅威 D脅迫の脅威)は、いずれも根本的には利己的バイアスによる自己保身的なプレッシャーから生じる脅威であることが理解できる。
 
4.経営上の倫理
 会計や監査の実務家にとっての経営上の倫理は、 2つの主要な要因によって左右される。すなわち、 職業専門家としての責任と会計事務所の経済的ニーズである。職業会計士は公益を担っていると同時に、業務を行い事務所を経営するものとして、営利を追求する側面を持っている。また、職業会計士は、適正な規模の収入を得てスタッフを処遇し、事 務所に有為な人材を擁しなければ、公益に適う適切 な業務を遂行することもできない。
 
U.職業会計士の倫理概念フレームワーク
 職業専門家としての責任を果たす上で、利己的バイアスは障害となりうるものであるが、その利己的 バイアスによっても判断を変えられることのないようにするために、倫理的推論などによる問題解決への手掛かりを示すことが倫理の概念である。
 
V.倫理的推論能力の向上

 職業会計士の倫理的推論能力の水準を上げる、また、倫理的な問題の予防のためには、意思決定リテ ラシーやビジネス上の倫理に関する知識を身に付けることや、職業会計士個人の倫理的推論能力が会計 や監査における倫理的判断及び行動を決定する重要 な要因であるとする考え方を踏まえた具体的なケース・スタディーの蓄積や設例を用いた研修を充実させることが有効である。また、加盟団体による会員に対する助言提供能力を強化していくことも、職業会計士の倫理的推論能力を高め、倫理規範の遵守を 促進させるためには重要なことと考える。

 (報告:神谷直巳)