自由論題の部

B 平成21年度 新事業承継税制(案)の概要

近畿会 大林 敏彦氏

 
T.はじめに
  この平成21年度税制改正案により、取引相場のない株式等に係る相続税や贈与税の納税猶予制度が、具体的に導入されることになり、これらの納税猶予制度の概要について、平成21年2月21日に名古屋国際会議場にて開催された中日本五会研究大会、自由論題の部で発表せよとの税制税務委員会委員長の御指示のもと発表させて頂きました。
 その報告の大項目の概要は、以下のとおりです。 もし、御興味をお持ちの点がありましたら、「インデペンデンス」を、御参照頂ければと思います。
 ここ数年来、戦後何度目かの、中小企業の経営者が大量に退任する世代交代時期に入ったといわれ、その状況はしばらく続くと思われる。
  このような状況について、中小企業庁や経済産業省を中心に、後継者へのスムースな経営の承継が、国民経済的見地からも必要不可欠であるとの問題意識のもと、種々の検討や報告を踏まえ、「民法の遺留分の規定」や「税制の取り扱い」を変更することにより、後継者へのスム−スな経営の承継に役立てようとした。

 その結果、民法の遺留分規定の特例を中心とした「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下「円滑化法」という)が制定された。
 また税制についても、平成21年度税制改正案によれば、次の制度が導入される予定である。

   ・取引相場のない株式等に係る相続税の納税猶予制度
   ・取引相場のない株式等に係る贈与税の納税猶予制度

 今回は、税制の政令、省令が公表されていない段階ではあるが、これらの諸制度の骨格のみについて、相互の関係を中心にその概要を説明したものである。
  なお、あくまで概要のみの説明になっており、別途、制度の前提条件や要件など詳細な取り扱いが規定されている、あるいは既に円滑化法の更なる改正作業も進行中であり、また今後規定される予定のものもあるので、実際に制度を利用するときには、それらの詳細な取り扱いを確認しなければならない。
 
U.「円滑化法」
 この法律は、第1条に法の目的として、次のように規定している。
 この法律は、多様な事業の分野において特色ある事業活動を行い、多様な就業の機会を提供すること等により我が国の経済の基盤を形成している中小企業について、代表者の死亡等に起因する経営の承継がその事業活動の継続に影響を及ぼすことにかんがみ、遺留分に関して民法(明治29年法律第89号)の特例を定めるとともに、中小企業者が必要とする資金の供給の円滑化等の支援措置を講ずることにより、中小企業における経営の承継の円滑化を図り、もって中小企業の事業活動の継続に資することを目的とする。

 法律としての最大の目的は、円滑化法も納税猶予制度も、事業の継続による「雇用の確保」であると考える。
  この観点から制度を検討すれば、理解もし易いかと思われる。

この「円滑化法」の構造は、次のとおりである。
(1)遺留分に関する民法の特例
   民法は、相続人の生活の安定や遺産承継の最低限度の権利を保障している。
  これが、「遺留分」である。被相続人による贈与や遺贈などにより、この遺留分を侵害された相続人(兄弟姉妹及びその代襲相続人を除く。以下同じ)は、遺留分を保全するのに必要な限度で、財産の返還を請求することができる。
 しかし、経営の安定的な承継を確保できるよう、円滑化法では、3年以上継続して事業を行っている中小企業の代表者である後継者が、その旧代表者からその株式又は持分(以下「株式等」という)を贈与され、議決権の過半数を保有している場合には、一定の要件のもと、旧代表者の推定相続人(旧代表者の兄弟姉妹とそれらの子を除く。以下同じ)全員の書面による次のような合意があれば、所定の経済産業大臣の認定及び家庭裁判所の許可を受けて、民法の遺留分の特例として、それらの合意の効力を生じさせることができることとした。
   
(2)支援措置
  @金融支援
   一定の中小企業者の代表者等の死亡に起因する経営の承継に伴い、事業活動の継続に支障が生じていると認められれば、所定の経済産業大臣の認定を受け、中小企業信用保険法の特例として、一定の条件のもと別枠の資金保証をしてもらえるなどの制度が設けられた。
   
  A指導及び助言
   この規定こそが、後述する税制の納税猶予制度との連結点となっているものである。
 即ち、この「指導及び助言」の項で規定されている中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則(以下「規則」という)15条の「確認」を受け、その上で、その確認を前提とする円滑化法12条の経済産業大臣の「認定」を受けた「会社である中小企業者」の株式等に係る贈与税や相続税の一定の金額について、納税猶予されるのである。
  「遺留分の民法特例」の規定は、税制とは全く別物であるという点が納税猶予制度の理解には重要である。 
 税制の納税猶予制度だけから言えば、円滑化法中、重要なものは、「遺留分の民法特例」の規定ではなく、この「指導及び助言」の項で規定されている「確認」であり、その「確認」を前提とした「認定」である。 
円滑化法と税制の納税猶予制度の関係は、この点にある。
  ・ 規則15条「確認」=> 円滑化法12条認   定=> 納税猶予制度へ
   
V.取引相場のない株式等に係る贈与税の納税猶予制度
   円滑化法12条1項の経済産業大臣の認定を受けた非上場会社(認定贈与承継会社)の「一定の先代経営者(贈与者)」から「一定の後継者(経営承継受贈者)」がその株式等の贈与を受けた場合は、一定の猶予対象株式等(特例受贈非上場株式等)の贈与に係る贈与税の全額については、当該贈与者の死亡の日まで、その納税を猶予する。
   
W.取引相場のない株式等に係る相続税の納税猶予制度
   円滑化法12条1項の経済産業大臣の認定を受けた非上場会社(認定承継会社)の「一定の先代経営者(被相続人)」から「一定の後継者(経営承継相続人等)」が相続又は遺贈によりその株式等を取得した場合は、一定の猶予対象株式等(特例非上場株式等)に係る納税猶予分の相続税額に相当する相続税については、当該経営承継相続人等の死亡の日まで、その納税を猶予する。
 以上である。
   最後に、
  あるべき事業承継の姿は、千差万別であり、その置かれた状況を的確に把握して、最善の方法を検討すべきである。
 人を得れば、親族外承継が最善のケ−スもあろうし、経営者一族の幸せと従業員の生活のためには、M&Aなどその他の方法が良い場合もあろう。
 税制先に有りき、で事業承継を進めるべきではなく、今回の相続税や贈与税の納税猶予制度の創設は、あるべき事業承継を進める中で、結果として利用した方が良ければ利用する、あるべき事業承継のための時間稼ぎに利用する、というように選択の範囲を拡大したものとして位置づけるべきである。
 くれぐれも本末転倒にならないことを祈るばかりである。