特集

「監査法人事務所長へのインタビュー」

 

新日本有限責任監査法人 大阪事務所長
市田 龍氏

日本公認会計士協会 会計士補会 近畿分会

インタビュー趣旨
 現在、日本公認会計士協会近畿会では3,620人もの準会員が所属しています。(平成20年12月末現在)これだけ若手が多くなってしまうと、トップの想いを若手が知る機会は少なくなってしまうのではないでしょうか?
 今回、「監査法人のトップにご意見を伺い、若手、特に準会員のモチベーションアップを図る」ことを目的とし、各監査法人の所長にインタビューを敢行して参りました。各監査法人のトップの現在の監査現場、人事制度、そして会計士業界の将来に対する熱い想いを語って頂きました。
  なお、本インタービューは、原則として過去2年間5名以上の新入職員を採用された監査法人を対象としております。 

   (会計士補会 近畿分会)

■士補会 ではまず、略歴を教えていただけますでしょうか。
■市田 私は海外赴任等はなく国内監査部門でずっと経験を積んできました。デユーデリとかIPOとか、そういうものも監査部門の中ではやっていたのですけれども、専門部隊でやったということはないですね。
■士補会  もともと監査をされたくて会計士になられたのですか。
■市田 それはなかなか難しい(笑)私は会計士の三代目なんです。祖父と父とが会計士で、三代目で、何となくなったといいますか。
■士補会  会計一家なのですね。それで自然と会計士へと進まれたということですね。
■市田 そういうことになります
■士補会  事務所長に就任されてからの感想や視点の変化があれば教えてください。なぜ事務所長に就任されたのでしょうか。もともと目指されていたのでしょうか。
■市田 最初から事務所長を目指す人は、あまりいないですね(笑) 2007年下期から大阪事務所長になったのですが、私の就任時期は変則でした。というのは前事務所長が本部業務で忙しくなってきて、その時副事務所長だった私が事務所長になったのです。誰が適任かと順番に消していったら、私が残ってきたのかなという感じですかね。
■士補会 奥さんにご相談されたのでしょうか。
■市田 そういうのはありません。仕事の話はほとんどしませんね。ほったらかしです (笑)
■士補会 では貴法人の他法人と比較した場合の強み・弱みについてどうお考えでしょうか。よくイメージとしては新日本有限責任監査法人は非常にセクショナリズムが強いとも言われています。現在はその状態を変えていこうとしているとか。
■市田 そうですね。新日本有限責任監査法人は合併を重ねて、できたというのですかね。まず太田哲三事務所と昭和監査法人が合併して、そこにセンチュリーが入ってきました。その中で出来たセクショナリズムをどうしていくかという問題があったのですが、ここ2〜3年の間に急激に融合が進んだと思います。
■士補会 具体的には部門間での異動等を実施されたのでしょうか?
■市田 そうですね。センチュリー時代の組み合わせを新日本の中で変えた上で旧の太田昭和のチームと、組み合わせてみる、ということを実施しました。その結果、2008年1月1日から国内業務の監査部門を3部門制に組織変更しました。
■士補会 所長に就任される際にモットーといいますか、公約みたいなものはあったのでしょうか。
■市田 特にありませんでした。ただ、私が就任する2年ぐらい前に金融庁の公認会計士・監査審査会の審査等があり、法人全体について相当厳しい指摘を受けました。そのため、指摘を受けた問題を改善するための組織づくりや品質管理向上にずっと取り組んできました。それを引き続き私も力を入れてやっていかなければという意識はありました。品質管理は、今も一番大きな問題と考えています。
■士補会 やはり三大監査法人ということで、模範であるべきというふうに金融庁からは捉えられているのでしょうか。
■市田  というよりも、昔は大阪は大阪で独自に、というのがあったと思うのですが、今は本当の大企業としての組織づくりをしなければならなくなってきました。法人全体で同じようにしなければいけないということですね。
■士補会 それは監査のレベルの均一化や形式の統一化の為に必要だからという指摘だったのでしょうか?
■市田  監査の本質的な部分というよりも、細かいチェックを色々するようにとか、サインがないとか、本当に枝葉末節のような、いわゆるお役所仕事的な指摘がすごく多かったですね。
本質的にこれは絶対駄目だからというのはなかったと思います。十分な監査をやっていたということでしょうね。ですが指摘の結果、チェックリストやサイン項目が増えてしまいました。若い人がチェックリストのために本当にすごく残業をしたりとか、いろいろ手間がかかります(笑)
■士補会 チェックリストつぶしには我々も苦労していますね(笑) 少し話が元に戻るのですが、新日本の長所・短所についてお聞かせください。
■市田 昔は、強みはと言われると、「歴史が古い監査法人」や、「大企業に強い監査法人」というのがありました。ただ、それにあぐらをかいていたという訳ではないのですが、監査だけで十分報酬が取れるので、組織的な機動性に欠けていました。 監査以外の、例えばタックスや、アドバイスサービス業務等、多目的なサービスを機動性を持って提供するような力や、それに対して意識を持って各社員が営業をするということはちょっと弱かったのかもしれません。 今は相当意識して、非監査業務に対しての体制整備に力を入れ始めています。
■士補会 新日本のクライアントはとても優良な企業ばかりのイメージがありますね。
■市田 そうですね。ただ、当法人に限らず最近では長年継続して監査をしていた大手クライアントが離れていくということがありました。ですから「大きいクライアントだし、長く監査しているので大丈夫ですよ」とは、もうだんだん言えない環境になってきたのではないでしょうか。 絶えずクライアントに対して、監査はもちろん、それ以外のいろいろなサービスを、独立性の観点から提供可能な範囲でニーズに応じたサービスを提供していかないと、クライアントは離れていくのではないかという危機感を持っています。
■士補会 そうですね。分かりました。大阪事務所としての特色はいかがでしょうか。
■市田 そうですね。大阪事務所は上に対して下の人が自分の意見を言いやすい雰囲気があるという点が挙げられます。上の人は太っ腹な人が多いから(笑)、何でも言いやすいのかなという気はしています。
■士補会 確かにそういうイメージはありますね。  風通しが良い風土を作るために意識されていることはありますか。
■市田 特に意識していることは無いですが、自然とそういう風土ができてきたのではないでしょうか。代々の社員の方にざっくばらんな人が多かったのではないでしょうか。
■士補会 大阪事務所内での部門間の異動というのはあるのですか。
■市田 2008年に部門再編をしたところなので、すぐという訳にはいきませんが、今後、定期的に行いたいと思っています。 どの段階で、というのは未定なのですが、シニアになった段階で例えば半分とか3分の1ぐらいは異動させるとかね。それから、マネージャーのときにまたさせるとか、それともそうではなくて、もう毎年、毎年のようにボンボン替えた方がいいのかという。若い人を含めて色んな意見を聞いた上でローテーションを実施していきたいと考えています。
■士補会 そうですね。ローテーションをするといろんな会社を経験できますし、やってほしいと思います。  では、人事のことについて、お伺いします。過去は就職難で募集人数が少なかった時期もあったようですが、逆に2006年あたりからは売り手市場になってきました。一部科目合格者も採用しています。そういう場当たり的というと失礼なのですが、非常に流動性が高すぎるということはないでしょうか。
■市田 最近に限ったことではなく、昔から監査法人側が足りないからもっと増やしてほしいと言っても、そのときはなかなか増やしてくれず、解消され始めたときに、急に合格者をボンボンと増やされたり、ということがありました。2007年度のように、ボンと増やした1年目はまだ消化できますが、2年目もまた同じようにぼんと増やされたら、もう消化できなくなり、就職難になり、またそこから通常の採用人数になっていくという波が昔からあります。

■士補会 2007年度の初任給は例年に比べ相当増えました。いかがお考えでしょうか。
■市田 2007年度は結局、こんなに増えると予想していなかったので、どの法人も人の取り合いになるので、お給料を上げないといけないというのがありました。他法人が初任給を上げたので新日本も、同じぐらいに上げたのです。それで、急に上がってしまったんですね。 ところが、ふたを開けてみたら本当に予想以上に多かったということですね。
■士補会  いただいている若手としてはお給料が高くなってうれしいのですが、市田さんとしてはいかがお考えでしょうか?
■市田 経営の方からすると、しんどいですね。  
■士補会 上げすぎですか(笑)
■市田 上げすぎ・・・かもしれないですね(笑) ただ、会計士の場合は、必ずしも大卒ですぐ受かるわけではなく、年齢の幅もあります。大卒ですぐの23〜24歳ぐらいの人にとってはすごい大きい金額だし、それが30歳を過ぎている人にとっては、これぐらいが普通かなという感じでもあるので、なかなか一概にそれが高いとは言えませんが。ただ、いわゆる監査業界からすると、まだ一応勉強しただけで、全然何も知らない人にこれだけ出すというのは、やはりちょっと大きいかなと思います。
■士補会 その分、早く成長してほしいという思いも出てきますよね。  離職者が非常に多くなっていると思うのですが、スタッフの給料を上げるよりも、シニアやマネージャーの給料を上げた方が効果的ではないかという思いもあるのですが、いかがでしょう。
■市田  新日本の場合、評価賞与の差があるので、同じマネージャーでも結構年収には差があるはずです。だから、優秀なマネージャーは結構もらっていると思うので、あまり不満はないのではないかと思っています。
■士補会  最近管理職問題というのがあります。その管理職の定義には、経営者と一体的な立場、出退勤の自由、地位にふさわしい待遇などがあります。今後、マネージャーを管理職から除外して、時間外手当を支給する予定はおありでしょうか。
■市田  まだそこまではありませんね。今のマネージャーはやはり管理職という認識です。ただ、確かに、普通の一般の企業からすると、管理職、つまりマネージャーになるのが、早いかなという気はしますよね。さらにパートナーといえば、一般会社の役員と思えば、もっともっと時間がかかりますよね。
■士補会 早い人だったら、14〜15年でパートナーになる方も多いですよね。一般企業に比べれば確かに早いかもしれませんね。
■市田 14〜15年だと普通の会社の部長ぐらい、いや部長は一般だったら20年以上ぐらいかかるかな。 だから、やはりプロとして特殊な仕事をしているから、早く管理職につくというのも受け入れられることなのではないでしょうか。
■士補会 分かりました。  何か他に人事のことで考えられていることはありますか。
■市田 そうですね。女性の会計士を今、各法人ともどうされているのかなと思っています。当然、女性会計士が結構増えていますよね。 各法人とも、今まで残念ですが結婚や出産をしたら辞める人が多かったのです。ところが、今の各事務所はやはりそこからまた出産も経験して、育児も終わってずっと続けてくださいよということを積極的に薦めています。その辺の女性の活用をどのようにしていけばいいかと考えています。
■士補会 例えばどのようなことでしょうか。
■市田 どの法人も同じだと思うのですが、産休と育休があって、時短も利用するという制度があります。その時短を利用したときに、女性をどういう現場に就けていくのかということについて試行錯誤しています。その辺の問題を今後取り組んでいかなければなりません。 あとは保育所の問題ですね。
■士補会 なるほど。子供をもつとなると保育所は重要ですね。保育所を法人で斡旋できないかとか、そういうことですか。
■市田 そうではなくて、大手3法人が集まって業者か何かで大手3法人が発起人となって賛同する監査法人や事務所を募って保育所をこの辺のどこかに置くとか、そういうのも良いと思っているんです。
■士補会 それはすごく良いと思います。
■市田 良いと思うのですが、じゃあ誰が作ってくれるのかという問題があるんですよね。でも、そういう需要は増えてくるのかなと思っています。本当に若い女性が多いのでね。
■士補会 難しいと思うのですけど、そういうのがあれば嬉しいですね。
■市田 3法人が集まれば、そこそこの人数にもなるし、小さい子供を持っている人もそこそこおられると思うのでね。 大体同じような所に監査法人が集まっているのだから、場所的にはどこかこの辺の近くにあれば、皆さん行きやすいのかなという気はするのですけれどもね。
■士補会 実現することを切に願っています。何か人事関係でこれを言っておきたいということはありますでしょうか。
■市田  あまり言ったらいけないのだけれど、2007年度の合格者から合格者の質が問題になっています。
■士補会 それはどの法人でも聞きますね。
■市田  J1の人への一番の希望は、パソコンに向かうだけが仕事ではないということを考えて欲しいということです。やはり話す力、会話力が大事です。 それがだんだん会話する機会も減っていっているというのですかね。皆さん、現場でやらないといけない作業が多いから、本当にいつも一心不乱にパソコンに向かって作業をしていると聞きます。 ですが、上になったら会社の人と話をして、例えば会社の人を説得しなければいけないこともあります。ですので会話力をもっと付けることが大切です。ウンともスンとも言わない会計士ではいけません。 いろいろな会話の中でいろいろな問題点を見つけるのが監査のやり方だと思うのです。
■士補会 今後の監査業界はどのような方向へ向かっていくとお考えですか。
■市田 監査が必要な業界はこれからどんどん増えていくのではないでしょうか。 それによって、今みたいに一般会社だけを相手していればいいというのではなく、特殊分野の監査の知識も必要になってくると思います。 ただ皆さんがどういうことをやりたいかというのによって、必要な知識は違ってくるのかなと思いますけれどもね。
■士補会  例えば監査をやる会計士に求められることは、先ほどの会話力以外にはどのようなものをお考えでしょうか。
■市田  今からは国際会計基準の知識、英語などですよね。そんなに遠くない先で、当然必要な知識になってくるでしょうね。
■士補会  英語ですよね。
■市田 やはり海外転勤をすれば、ある程度日常使うかもしれないけど、日本の中で使うのはなかなか難しいと思います。 ただ、海外に行った人は、向こうに行っていたときよりも、帰ってきたときの方が英語の力が伸びると言っていました。向こうに行くと、会話はできるけども、いろいろな知識はやはりこちらに帰ってきたときの方が増えたそうです。 ですので海外駐在をしないと、と思わずに海外駐在をしなくてもこちらでコツコツ勉強して英語能力を伸ばせるということも考えてみてください。案外こちらの方が伸びるかもしれません(笑)

■士補会 そうですね。日本でも勉強はできますね。
■市田 最後は、先ほどの話ではないけどやはり会話力ですね。つたない英語ですけれど話ができて、何かを説得できるというのは重要です。
■士補会 努力しなければいけませんね。  では、最後に、私たち若手会計士および受験生に是非メッセージをお願いします。
■市田 皆さんは公認会計士になってこういうことをやりたいという夢を持って、入ってこられたと思います。ですが、今はそれがちょっと思ったところとギャップを感じているのではないかという気がするのです。ただそれはまだ経験が少ないからだと思うので、もう少し経験してみてください。 やはり3〜4年は見て、そこで次にどうするかという選択肢をいろいろ考えていただきたいなと思います。
■士補会  わかりました。長い時間を頂き、また貴重なお話、ありがとうございました。
   
市田 龍氏
略 歴 昭和27年4月2日生まれ 昭和53年慶応義塾大学卒業
  昭和60年公認会計士登録
  現在 新日本有限責任監査法人代表社員 
  大阪市中央区安土町2丁目3番13号 
  大阪国際ビル

(次回は、4月号にあずさ監査法人 吉田享司事務所長を掲載予定)