取材

財務報告に係る内部統制監査開始に向けて

牧野 隆一

 
 内部統制監査導入まであと2ヶ月となっていますが、本日は、日本公認会計士協会から平成19年10月24日に公表されました「財務報告に係る内部統制の監査に関する実務上の取り扱い」(監査・保証実務委員会報告第82号)の中身についてポイント解説をさせて頂きながら、円滑な制度導入に向けて実務対応について考察を加えていきたいと思います。なお、本日ご説明させて頂く中で意見の部分に関しましては、あくまでも私の私見となっておりますのでご理解を賜ります様、よろしくお願いいたします。
   
1. 位置づけと取りまとめの視点
   「金融商品取引法」、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について」及び「財務計算に係る書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令」を踏まえて、日本公認会計士協会会員向けに「実務上の取り扱い」として取りまとめたものです。取りまとめの視点としては、以下の4点が挙げられます。
 
(1) 内部統制監査の監査手続きの種類と内容
(2) 財務諸表監査との関係、留意事項
(3) 内部統制監査報告書の様式、記載事項
(4) 一部、実施基準の実務上の解釈
 

 

2. 一体監査
   「実務上の取扱い」の「2.用語」においては、「内部統制監査基準に基づいて、財務諸表監査と一体的に内部統制監査を実施する場合の監査を一体監査という」との定義を設けています。わが国においては、財務諸表監査と内部統制監査は、同一の業務執行社員の指示・監督下で監査チームを構成することとされています。
 
3. 内部統制監査の意義
  (1)内部統制監査の目的
   内部統制監査の目的は、経営者の作成した内部統制報告書が、一般に公正妥当と認められる内部統制の評価の基準に準拠して、内部統制の有効性の評価結果をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が意見を表明することにあります。公認会計士等による検証の水準は「監査」とするとの結論に至ったのはご承知のとおりです。
  (2)監査アプローチの特性
   意見書の前文では、内部統制の評価及び監査に係るコスト負担が過大なものとならないよう、「ダイレクト・レポーティング」の不採用が明らかにされました。ダイレクト・レポーティングは不採用ではありますが、「内部統制の有効性の評価結果をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人自らが入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明すること」を求めていることに留意する必要があります。
  (3)内部統制監査の対象(財務報告の範囲)
   「財務報告」とは、財務諸表及び財務諸表の信頼性に重要な影響を及ぼす開示事項等に係る外部報告です。後者については、財務諸表に記載された内容との関係、評価対象として選定する業務プロセスとの関係にも留意する必要があります。
 「財務諸表の信頼性に重要な影響を及ぼす開示事項等」は、財務諸表の表示等を用いた記載と財務諸表の作成における判断に密接に関わる事項の2つがあります。
 財務諸表の表示等を用いた記載は、財務諸表に記載された金額、数値、注記を要約、抜粋、分解又は利用して記載すべき開示事項とされています。したがって、例えば有価証券報告書の「事業の状況」に「生産、受注及び販売の状況」がありますが、受注の状況自体は財務諸表に記載された金額、数値、注記を要約、抜粋、分解又は利用した開示事項ではありませんので、評価の対象とはなりません。また、「研究開発活動」には財務諸表に記載された「研究開発費」の金額が記載されますが、「研究開発費」計上の業務プロセスにおいて虚偽記載リスクが高くなく評価の対象外として整理できるのであれば、財務報告の範囲からは対象外としても差し支えないのではないのでしょうか。すなわち、対象とする業務プロセスと財務報告の範囲は、整合性をとっても良いのではないでしょうか。
 それから、財務諸表の作成における判断に密接に関わる事項は、関係会社の判定、連結の範囲の決定、持分法の適用の要否、関連当事者の判定その他財務諸表の作成における判断に密接に関わる事項とされています。したがって、例えば「大株主の状況」では記載されている全ての事項を対象とするのではなく、親会社等のように持ち株比率の高い株主のみを対象とすれば良いと整理されます。
   
4. 財務諸表監査と内部統制監査との関係
  (1)財務諸表監査と内部統制監査の一体化
   従来の財務諸表監査における内部統制の評価の目的としては、「内部統制の整備状況を含む理解」と「期末の実証手続の内容、範囲、時期の決定」の2つが挙げられます。一体監査においては、「内部統制の整備状況を含む理解」は、「財務報告に係る内部統制のうち経営者評価の対象となる領域」と「それ以外の領域」に区分されます。前者については、経営者による内部統制の有効性評価結果を監査し、後者については、監査人の判断でリスク評価手続を実施することになります。また、「期末の実証手続の内容、範囲、時期の決定」は、「実証手続のみを実施するアプローチ」と「運用評価手続と実証手続を組み合わせるアプローチ」があります。前者については、従来の財務諸表監査と相違はありません。後者については、経営者による内部統制評価の対象とならない領域においても内部統制の評価を行う場合があります。
 また、決算・財務報告プロセスは財務諸表監査の過程では通常、実証手続のみで監査リスクを十分低い水準に抑えることができると判断していた領域ですが、内部統制監査では、必ず整備状況、運用状況の評価の検討を行う必要があります。
 以上のことから、経営者の評価の範囲の対象となった内部統制についても、経営者による内部統制の有効性評価と内部統制監査が効果的かつ効率的に実施可能となるように、それぞれの実施時期や手続の種類についても十分な打合せが必要となります。
  (2)財務諸表監査の結果が内部統制監査へ及ぼす影響、内部統制監査の結果が財務諸表監査へ及ぼす影響
   期中に存在していた内部統制の不備、重要な欠陥が期末日までに是正され、監査人がその運用状況の有効性を確認できた場合には、内部統制は有効として無限定適正意見を表明することができますが、期末の財務諸表監査の過程において経営者の内部統制評価の評価対象ではない業務プロセスから監査人が重要な欠陥を特定した場合、内容を検討した結果財務報告に重要な影響を及ぼす業務プロセスであると判断すれば、経営者に対して内部統制評価の評価対象とするように要請することが考えられます。このケースにおいて、時間的制約等により経営者が評価を実施することが不可能な場合には、内部統制監査においては監査すべき対象がないとの判断となりますので、監査範囲の制約となります。
 一方、内部統制監査の過程で重要な欠陥が発見された場合、財務諸表監査としての内部統制の手続としてはサンプリングを前提とした内部統制の評価を実施していますので、サンプリング数が不十分ではないかとなり、監査計画の見直しの必要性、監査手続の追加の必要性を検討することとなります。
  (3)会社法監査と内部統制監査
   内部統制監査の実施基準では、監査人は、内部統制監査の過程で発見した内部統制の重要な欠陥については、会社法監査の終了日までに、経営者、取締役会及び監査役又は監査役会に報告することが必要と考えられるとされています。これに関して、会社法監査の終了日までに、内部統制監査も終了していなければならないのかどうかとの問題があります。通常、内部統制監査の一部の手続(例えば、有価証券報告書の作成に係る決算・財務報告プロセスの検討)については終了していません。また、内部統制監査報告書日付までの間に実施する手続により、経営者等に報告すべき内容が変更又は追加される可能性もあります。したがって、会社法監査終了日時点での監査人の報告は、あくまでも内部統制監査の経過報告であることに留意が必要です。
   
5. 監査人の独立性
   監査人は、被監査会社が内部統制監査に耐え得るような評価体制を整備できるように適切に指摘していくことが期待されますが、一方で独立監査人としても独立性の確保を図る必要があります。独立性に関する法改正対応解釈指針第4号(中間報告)「大会社等の規制・非監査証明業務について(その2)」において、監査又は証明しようとする財務書類を自らが作成していると認められる業務及び監査業務の依頼人の経営判断に関与する業務が禁止業務とされました。内部統制の構築等の段階においても、経営者等と必要に応じ意見交換を行い、内部統制の構築等に係る作業や決定は、監査人によってではなく、あくまでも企業・経営者によって行われるとの前提の下で、有効な内部統制の構築等に向けて適切な指摘を行うことを妨げるものでありません。
 
6. 監査計画の策定
 
(1) 新たに監査計画に追加される項目
経営者の評価手続の内容及び実施時期等に関する計画の理解
内部統制の評価の範囲に関する経営者との協議の実施
経営者や取締役会、監査役又は監査委員会に報告された内部統制の不備、重要な欠陥の有無とその内容
(2) 子会社等、持分法適用関連会社の内部統制監査の手続
連結子会社等が上場会社の場合は、その内部統制評価報告書を利用
連結子会社が非上場会社等の場合は、範囲及び実施時期等
持分法適用関連会社についても、評価範囲に含めるか検討する必要がある
(3) 連結子会社の事業年度の末日後の財務報告に係る内部統制の重要な変更
   監査人は、変更後の内部統制に対し経営者が実施した整備状況及び運用状況の評価結果が適切であるかどうかを検討する必要があります。その場合、当該重要な変更があった内部統制の変更点だけを評価の検討対象として追加すれば足りるとされています。
 なお、時間的制約等の理由により経営者の評価ができなかった場合、監査人は「やむを得ない事情」が存在するかどうかについて、検討することとなります。
   
7. 評価範囲の妥当性の検討
  (1)評価範囲の検討
   評価範囲に関する経営者との協議は、監査対象年度のなるべく早い時期に行うことが適切であり、監査人は、過去の財務諸表監査の経験や監査計画で実施したリスク評価手続で入手した情報を勘案して、経営者が内部統制評価基準に従って適切に内部統制の評価範囲を決定しているかどうかを検討しなければなりません。なお、期末日近くに評価範囲が適切であるかどうかについて、再確認する必要があることに留意が必要です。
  (2)全社的な内部統制及び全社的な観点から評価することが適切な決算・財務報告プロセスの評価範囲の検討
   持分法適用関連会社を含め、原則として全ての事業拠点について評価が必要です。経営者が評価から除外した事業拠点がある場合には、監査人は理由を確認し、その妥当性を検討する必要があります。通常、全社的な内部統制の評価範囲と全社レベルの決算・財務報告プロセスの評価範囲は一致するものと考えられますが、両者に差異が生じている場合はその理由を確かめる必要があります。
  (3)業務プロセスに係る内部統制の評価範囲の検討
   通常は、会社単位で捉えることとなります。ただし、必ずしも地理的な概念や法的な組織区分にこだわる必要はなく、経営者が企業集団の経営管理の実態に応じて事業拠点を識別しているかどうかがポイントとなります。また、重要な事業拠点や事業目的に大きく関わる勘定科目が適切に選定されている限り、勘定科目ごとの評価対象割合が重要な事業拠点の選定に際して利用した一定割合に達している必要はありません。
   
8. 全社的な内部統制の評価の検討方法
  (1)全社的な内部統制の評価の検討
   事業拠点に往査するかどうかは、重要な虚偽記載の発生するリスクが高いと判断される場合に検討するほか、決算・財務報告プロセスに係る内部統制の検証と併せて行うことにより効果的かつ効率的な監査の実施に留意する必要があります。
  (2)運用評価手続への影響
   実施基準には、「全社的な内部統制の評価結果が有効である場合については、業務プロセスに係る内部統制の評価に際して、サンプリングの範囲を縮小するなど簡易な評価手続を取り、又は重要性等を勘案し、評価範囲の一部について、一定の複数会計期間ごとに評価対象とすることが考えられる。」と記載されています。「評価範囲の一部」の解釈ですが、これは勘定科目、業務プロセスレベルでのローテーションを意味するのではなく、営業拠点、店舗レベルでのローテーションを意味すると解釈する必要があります。
   
9. 業務プロセスに係る内部統制の評価の検討方法
  (1)業務プロセスに係る内部統制の整備状況の評価の検討
   評価対象となった業務プロセスにおける取引の流れ等、会計処理過程を理解し、経営者による虚偽記載の発生するリスクの識別の妥当性、経営者が識別した統制上の要点の妥当性及び当該統制上の要点が有効に運用された場合に虚偽記載リスクを防止または適時に発見できるかを検討する必要があります。
  (2)業務プロセスに係る内部統制の運用状況の評価の検討
   内部統制が設計どおりに適切に運用されているかどうか、また、統制を実施する担当者等が当該統制を有効に実施するのに必要な権限と能力等を有しているかどうか検討します。なお、評価時点は期末日となるため、評価手続を期中に実施した場合には、ロールフォワード手続等追加手続の必要性を検討する必要があります。
 また、監査人は、経営者が無作為にサンプリングを抽出する方法等恣意性を排除したサンプリングを抽出している場合には、経営者が評価において選択したサンプルを自ら選択したサンプルの一部として利用することが認められています。
   
10. 決算・財務報告プロセス
   決算・財務報告プロセスは、財務報告の信頼性に関して非常に重要な業務プロセスですが、実施頻度が低く、評価できる実例の数が少ないのが特徴です。したがって、より慎重に運用状況の評価・監査を行うことが必要となります。前年度の運用状況、四半期決算等の作業を通じ、期中において検証しておくことが効率的・効果的です。
 また、決算・財務報告プロセスでは、決算処理手続、連結財務諸表の作成等を通じ、一般に数値データの計算・集計・分析・加工等に用いられる表計算ソフト(スプレッドシート)が広く利用されています。当該スプレッドシートに関して、マクロ計算式が検証されていること、アクセス制御、変更管理、バックアップ等の対応について検討していることを確かめる必要があります。
   
11. 内部統制の重要な欠陥
   重要な欠陥に該当するかどうかは、実際に虚偽記載が発生したかどうかではなく、将来において重要な虚偽記載の発生を防止又は適時に発見できない危険性がどの程度あるかどうか(潜在性)によって判断されます。内部統制の不備に関わる重要性の判断指針は、財務諸表監査における重要性と同一になると考えられます。
 なお、ITに係る業務処理統制における不備は、その特質から、不備により同じ種類の誤りが繰り返される可能性があることに留意が必要です。
   
12. 経営者との協議のすすめ
 
(1) 制度開始までの準備スケジュールの進展状況再確認
評価範囲の(暫定的)決定が内部統制評価、監査 のスタートライン
財務報告に係る内部統制の区分、領域における主管部署の特定
すでに識別している不備又は重要な欠陥について、是正の方向性と是正時期
(2) 可能であれば、ドライラン(試行)の実施の検討
評価体制の整備、内部統制監査手続における利用の程度
評価部門と被評価部門の役割分担、協力関係、海外の事業拠点の取り扱い
評価部門が求める証憑類等の内容と範囲、その保管方法
連結グループ内における連絡、報告ルートの確立と確認
 

(文責:神谷 直己)