最近の会計学研究のトレンド

神戸大学大学院経営学研究科  助教授 鈴木 一水

2つのアプローチ

 大学教員の仕事は教育、研究そして社会貢献の3つに分かれるのですが、近年、それぞれの内容は著しくかけ離れる傾向にあり、したがってこれらをまとめて説明するのは難しいので、今回はこのうち研究について最近の潮流を説明することにします。私の理解によれば、最近の会計学研究は、アプローチの違いから、会計基準解釈研究と会計現象解明研究に分けられます。
 会計基準解釈研究は、法解釈学の会計版というべきもので、会計制度の目的や会計基準の設定趣旨を踏まえた会計基準の理解とその適切な適用の検討、および実務の発展や経済環境の変化に応じた会計基準の批判からなります。さらに、会計基準の設定・解釈に役立てるための会計規制の国際比較や発展過程の歴史分析も含まれます。大雑把に言えば、会計学の教科書に書いてあるようなことをより深く議論するのが基準解釈研究といえましょう。たとえば、投資者の意思決定にとって有用な将来の税キャッシュフローの予測に役立つ情報を提供するには、どのような会計処理と開示が必要か、といった議論がこれにあたります。
 なお、基準解釈研究のことを規範論と呼ぶこともあるようですが、この用語法は正しくありません。規範論というのは本来、会計基準の設定と解釈の基礎となる価値判断の基準自体の妥当性を議論するものであり、たとえば「企業は投資者の意思決定に役立つ情報を提供すべきか?」とか、「会計の透明性を高めて海外のハゲタカの餌食になるくらいなら、むしろわかりにくい会計基準を設定した方がよいのではないか?」といった議論が、これにあたります。ただ、こういう議論は酒席では盛り上がるのですが、これを学会で発表すると、「アイツは大丈夫か?」という噂が広まり、それはそれである意味有名人にはなれるのですが、そこまでして有名になりたい研究者はあまりいないようです。とにかく規範論は、その妥当性が各人の主観的価値観に左右されるため、研究者が学会で声高に主張したところで白黒のつくものではなく(結局のところ、「見解の相違」で片付けられてしまいます。)、むしろ政治家になって国会で発言すべき問題といえます。
 他方、会計現象解明研究というのは、ある経済的、社会的あるいは制度的環境条件の下で特定の会計基準が与えられたとき、どのような会計現象が生じるかを明らかにするもの、言い換えれば環境条件という原因と会計現象という結果の因果関係を特定しようとするものです。因果関係が特定できれば、現行会計基準の下で環境条件が変化したとき、会計基準適用の経済的帰結がどのように変化するか、あるいは現在の環境条件の下で新しい会計基準を導入すると、どのような経済的帰結がもたらされるか、を予測することができるようになります。現在、世界でTop 3と評価されている学術雑誌、すなわちThe Accounting Review, Journal of Accounting Researchおよび゙Journal of Accounting & Economicsに掲載されている論文は、すべてこの現象解明研究で占められています。
 会計現象は、会計情報の作成者である経営者の会計行動と、会計情報の利用者である利害関係者とくに投資者の反応に分かれ、それぞれが研究の対象とされています。経営者の会計行動に関する研究は、応用ミクロ経済学の一分野である契約理論に基づいて発展してきました。この観点からは、たとえば税効果会計の導入に際して、業績の悪い企業ほど、強制適用年度よりも前倒しで早期適用し、繰延税金資産を計上する傾向のあることがわかっています。ただ、最近の研究成果によると、経営者の会計行動を、期待効用の最大化という意味での経済合理性だけでは説明できないことが明らかとなってきました。たとえば経営者の代表的な会計行動として、損失回避(黒字確保)や減益回避(前期利益達成)あるいは予想利益の達成が観察されているのですが、経営者がなぜこのような行動を取るかは経済合理性だけでは十分に説明できないので、最近では認知心理学の考え方等を取り入れた研究も行われています。こうした心理学ベースの研究は、行動会計学と呼ばれています。
 もう1つの会計現象である投資者の反応に関する研究は、会計情報が資本市場における証券価格の形成にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることを目的としていますので、資本市場研究とも呼ばれます。たとえば、流動資産となる繰延税金資産情報は株価に織り込まれるけれども、固定資産となる繰延税金資産情報は株価には織り込まれない、という現象が観察されています。これは、実現まで長期間を要する将来減算一時差異の税効果を投資者があてにしていないことを示唆します。なお、資本市場研究でも、心理学の成果を取り入れた行動ファイナンスの援用が模索されています。
 
現象解明研究の方法
 現象解明研究では、契約理論やファイナンス理論あるいは心理学の考え方に基づいて、条件と会計現象の間の因果関係を命題として提示します。この命題の連鎖を理論として体系化し定着させるためには、その妥当性を証明して人々を納得させる必要があります。証明には、論理による方法すなわち論証と、経験的事実すなわち証拠を示す方法とがあります。論証による方法をモデル分析と呼び、経験的事実を示す研究を実証研究と呼びます。実証研究はさらに、記録資料に基づく実証研究と実験研究に細分されます。
 モデル分析における論証には、一般に数理モデルが使われ、モデルの構築にはゲーム理論がよく利用されています。モデル分析は、数理経済学の会計への応用と位置づけられます。私事で恐縮ですが、先日、申告納税制度に簡単なモデル分析を行ったところ、一定の仮定の下では、税務署が税務調査の実施確率を1/(1+附帯税率)と定めてそれを明示し、その通りに調査を実施すると、すべての納税者が正しい申告を行い、かつ税収は最大になる(現状のように、調査確率を明示しないで裁量的に調査するよりも)という論理的事実を発見しました。ここで大事なことは、同じ仮定を置けば、いつでもどこでも誰でも(私と見ず知らずの人でも)同じ結論に至る、ということです。ここには「見解の相違」なるものは存在しないのです。
 記録資料に基づく実証研究は、株価や有価証券報告書といった既に存在しているデータからサンプルを作り、それに統計処理を加えて仮説を検証する方法を採用します。この研究は計量経済学の会計への応用と位置づけられます。この研究は、検証に必要なデータが入手可能である場合に限って実行可能なので、財務会計研究とくに資本市場研究ではよく用いられます。しかし、データの入手可能性に制約のある監査、税務会計および管理会計の研究では、限界があります。
 入手可能なデータがない場合に、実験を通じてデータを収集し、それに基づいて仮説を検証しようとするのが実験研究です。これは実験経済学の会計への応用といえます。この研究では、実験室に被験者を集め、彼らにタスクを実行させることによってデータを取ります。資本市場研究で実験を行うときには、実験室内で複数のコンピュータをネットワークで結び、与えられた会計情報を見た被験者がコンピュータを通じて証券の売買を行うことによって実験室内に擬似資本市場を形成し、そこでどのような会計情報がどのようなタイミングで与えられたときに証券価格がどのように形成されるか、といったデータを収集することも行われています。実験研究は、現実に存在しない仮想的制度の下でのデータを収集することができるので、実証研究における有効性が期待されています。
 
共同研究の重要性
 ここまで会計研究の動向をアプローチと方法の違いによって分類して説明してきましたが、ここで細分された研究は、それぞれ独立して行われるのではなく、相互に影響しあう関係にあります。モデル分析では推論を展開する出発点として一定の仮定を置きます。この仮定が現実的な妥当性をもつものであれば、そこから導き出される結論もまた妥当なものといえます。しかし、その出発点となる仮定が現実的妥当性をもつかどうかを、モデル分析自体は教えてくれません。モデル分析によって論証された命題は、さらに実証研究による経験的事実によって裏打ちされてはじめて説得力をもつのです。逆に、実証研究で用いられる統計手法は、実は変数間の相関関係を説明するだけで、因果関係までは示してくれません。相関関係にすぎない実証結果を因果関係として解釈するには、モデル分析による論理立てが必要なのです。このように、現象解明研究では、モデル分析と実証研究が相互に補完しあって、はじめて強固な理論を構築できるのです。
 さらに、基準解釈研究と現象解明研究も相互に支えあう関係にあります。ある会計基準を設定するときには、あらかじめその基準の経済的帰結を予測して、基準設定の趣旨を実現させるためにはどのような内容の基準にすべきかを検討する必要があります。そのための検討材料を現象解明研究は提供してくれます。また、基準設定後も、その理念が予定通りに達成されているかどうかを調査し、その結果をフィードバックし、基準のよりよい改正に活かしていく努力が不断に求められますが、この役割も現象解明研究が負うことになります。たとえば、業績の悪い企業が繰延税金資産の計上を志向しているという事実、そして長期の繰延税金資産情報が株価に織り込まれていないという実証結果は、現行基準あるいは実務指針における将来減算一時差異の税効果の会計処理に見直しの必要性があることを示唆しています。
 このように、内容のある会計研究を進めていくためには、基準解釈研究と現象解明研究の両方を融合させることが重要になります。ところが、この2つのアプローチでは、研究遂行に必要とされる知識、基本的考え方および方法がまったく異なります。基準解釈研究では、法解釈の考え方や簿記の技術だけではなく、実務の現状に関する洞察も必要とされます。一方、現象解明研究では、ゲーム理論、応用ミクロ経済学、ファイナンス理論あるいは心理学といった考え方のほか、数学や統計学を身につけることも求められます。1人の研究者がこれらをバランスよくしかも深く追求するのは、はっきり言って無理です。そこで、どうしても役割分担が必要になります。先に挙げた主要学術雑誌に掲載されている論文も、ほとんどが2〜3人の共著となっているのが実情です。
 では、どのような役割分担と共同作業が理想的なのでしょうか。私は、基準解釈のうち特別な知識が必要な法解釈の部分は別としても、それ以外の部分、すなわち実務の洞察、国際比較、簿記処理の解説等については公認会計士等の実務家に任せ、大学院博士課程で専門科目の基礎理論や方法論の訓練を受けた研究者は主に現象解明を担うべきだ、と考えています。かつては基準解釈も研究者の重要な仕事でした。これは、明治から戦後にかけてまだ海外渡航の機会が少ない時代に会計を欧米に学ぶのに、外国語の訓練を受けた研究者が適していたからでしょう。しかし今日のように、簡単に海外へ出かけられるだけでなく、実際に海外で実務に携わり、外国や日本の会計基準を身をもって適用する経験を積んだ実務家が増えてくると、あえて研究者が基準解釈を手がける必然性はなくなります。というよりも、研究室で経済学や心理学を勉強し数式や統計処理ソフトをいじくりまわしている研究者には、会計基準の解釈や適用にあたって、現実に何が問題になっているのかがわからないことが多いのです。かといって、実務家に経済学や心理学の勉強や数学と統計学の習得を期待するのは御門違いですし、そもそもそんなことをやっていたら実務家でなくなってしまうでしょう。そこで、実務家と研究者のコラボレーションが、これから重要になってくるのではないでしょうか。
 最近、会計大学院等の専門職大学院が設置されたことを受けて、実務家が教員として学界に参入しつつあります。こうした実務家と研究者の交流機会の拡大は、両者による共同研究を進めるためのインフラ整備にもなっています。こうした環境が整いつつある今日では、学界と実務界の間の垣根は案外低くなっているのかもしれません。そこで提案。実務の現場でいろいろな疑問をもっているけれども、この問題意識をどのように料理したらいいのかわからない実務家の皆さん、分析道具なら提供できる私たちとコラボしてみませんか?