特集:公認会計士からみたアカウンティングスクール

「会計倫理」てなんや?

 

西尾宇一郎

 
 私は、平成17年4月から関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科会計専門職専攻の教員(監査論関係と税法関係を担当)をやっています。正式名称はおそろしく長いのですが、要するにアカウンティングスクールです。この原稿は、おそらく「公認会計士からみたアカウンティングスクール」という特集の一環として掲載されると思いますが、いままでにこの特集に登場された先生方と違い、私は、本職が大学教員になってしまっています。ですので、「どっぷり浸かった公認会計士がアカウンティングスクールでやっていること」の方が適当と思います。
 
「会計倫理」という授業
 会報部から「西尾さん、『会計倫理』ちゅうようわけのわからん授業をやってるけど、そのネタでなんか書いてくれへんか。」と依頼があり、それならということで、気楽に軽いタッチで書いたのがこの文章です。したがって、事実誤認や多少不適切な表現があるかもしれませんが、ご容赦ください。
 上述のように、関西学院大学アカウンティングスクール(以下、関西学院大学はKG、アカウンティングスクールはASと略します。)で、「会計倫理」という授業を担当しています。この科目は必修です。KGASは、クォーター制をとっており、1科目2単位が基本ですので、2時限連続授業(3時間)を7週間続けることになります。また、必修科目は、各クォーターに授業がありますから、年に4回授業をします。したがって、この春学期までに、合計6回やったことになります。さらに、今年は夏休みに夏季集中講義というのがありますから、この原稿が日の目を見ている頃には、7回目が終わっています。ちなみに、学生には社会人もかなりいますので、年4回のうち、2回は昼間、2回は夜の授業です。
 さて、「会計倫理」とは、なんぞや。石田三郎先生が、「JICPAジャーナル」平成3年10月号に「会計倫理とプロフェッショナリズム」、同平成11年8月号に「会計の尊厳と会計倫理」を書かれていますし、「月刊監査研究」平成16年1月号には、瀧田輝己先生が「会計倫理について」を書かれていますが、以前はほとんど聞き慣れない言葉でした。ところが、この原稿を書く前に、念のためと思って、Googleで検索してみたところ、驚くほどの数がヒットしました。(もっとも、いちいちアクセスはしていませんが。)これも、ASの開講や粉飾事件等にともなう会計倫理ブームのせいでしょう。ただ、このように、「会計倫理」はGoogleでたくさんヒットしますが、多くは「会計職業倫理」であったり、「会計に関する職業倫理」であったりで、「会計倫理」そのものは一握りしかありません。きっと、「職業倫理」の科目の授業は多くありますが、「会計倫理」という科目の授業をやっているのは、KGASしかないのではと思います。(他校であったら、すみません。)なにしろ、昨春、他に誰もやっていそうもないから、「私も、『会計倫理』の大家、第一人者になれるな。」と思ったぐらいですので(笑)。
 私の勝手な解釈では、「会計倫理」とは、「粉飾をするな、粉飾を見逃すな、粉飾できるしくみを作るな。」ということです。最初は決算書の作成者、次が監査人、最後が学者や行政、基準作成機関についてです。ASの学生は公認会計士を目指す人が多いですから、授業では、「公認会計士が粉飾決算を見逃さないためには、専門家としての知識をもって、正当な注意を払い、公正不偏の態度を保持せんとあかん。高い職業倫理、独立性や。」ということをしつこく言い続けます。
 
どんな授業をしているのか
 私は研究者や学者ではなく、まったくの実務家ですから、会計倫理や職業倫理に関する理論や理屈はよくわかりません。そこで、次のような授業をやっています。授業の目的についてシラバスには次のとおり記載しています。「適正な会計と監査は経済社会のインフラであり、不正経理は重大な社会的損失をもたらす。その意味で、会計に関わる者にとって会計倫理の保持は最重要な資質のひとつである。本講義では、会計や監査の具体的事例を取り上げ、不正行為の要因やその社会的影響等を考察し、会計倫理に対する認識を深めるとともに、会計倫理保持のための方法について検討する。」これにしたがって、授業は次の順序ですすめています。
 まず、会計や監査の重要性を認識する。これをここで書くのは釈迦に説法ですが、次のとおりのストーリーです。
 なぜ決算書をつくるのか→株主に説明するため、出資を募るため、借金をするため、経営管理のため…等々→大きな役割として資金調達がある→監査がなければ誰も安心してカネを出さない→会計と監査があるから、企業が資金調達できる→会計と監査があるから、証券市場を通じての適切な資源配分が実現できる→企業の資金調達と投資、適切な資源配分によって、経済は成長する→経済成長によって人類は幸せになる→つまり、会計と監査は人類の幸せに大きく貢献している
 もっとも、経済成長が人類の幸福に直接つながるとは思っていませんし、現在の賭博場化した証券市場が本来の役割を果たしていない部分がありますし、証券市場を意識した企業の行動や経済社会の動きが将来の人々の幸せのためにふさわしいかどうか疑問な部分もありますが、これらは、とりあえず置いておきます。
 次は事例研究です。「会計倫理」の授業では、学生に粉飾決算その他の不正経理事件、粉飾決算疑惑事件についてレポートを提出させています。内容は、会社の概要、事件の概要、粉飾決算等の動機、監査人の対応、あなたの意見などです。そして、学生に発表をさせ、私が補足説明をするとともに、質疑応答をします。
 いままでに取り上げた事件は次のようなものです。カネボウ、ライブドア、足利銀行、メディア・リンクス、駿河屋、ナナボシ、キャッツ、森本組、山一證券、ヤオハン・ジャパン、日本長期信用銀行、大和銀行、住友商事、ヤクルト本社、三田工業、フットワークエクスプレス、エンロンなど。このなかには、いままでの6回の授業で常に登場したいわゆる定番の事件もかなりあります。こうした事例から、なぜ不正経理をするのか、なぜ会計士がわからないのか、又は見逃してしまうのか、粉飾決算がどんな影響を与えるのか、どうしたらいいのか等を考えます。
 最後は、粉飾決算の罪の重要性、つまり、経済システムの破壊という第1級の経済犯罪であることの認識です。そして、粉飾決算をなくするにはどうすればいいのかを考え、会計や監査にかかわる者の倫理の重要性を認識し、公認会計士の果たすべき役割と職業倫理を強調します。
 この授業も当然ですが試験があります。こうした内容の授業で筆記試験をして、評価をするというのは難しいところもあります。また、年に4回授業がありますが、試験問題のネタがそんなに多くあるものではありません。ですから、なかなか苦労しますが、何と言っても「会計倫理」ですから、公平さを欠かないように特に気を遣って評価しています。
 
公認会計士の使命
 「公認会計士の使命について、公認会計士法の定めに基づいて説明しなさい。」という問題が出たらどう答えますか? 公認会計法第1条には「公認会計士は、監査及び会計の専門家として、独立した立場において、財務書類その他の財務に関する情報の信頼性を確保することにより、会社等の公正な事業活動、投資者及び債権者の保護等を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを使命とする。」とあります。すごいですよね。公認会計士ってかっこいいですよね。この規定は平成15年の法改正で設けられたものですが、使命の規定を設けた趣旨のひとつには、「公認会計士自身の自覚を促すこと」があるとのことです。(失礼ですが、)読者の先生方、この規定をご存知でしたか。といいますのは、あるところで、現役で多忙な公認会計士に質問したところ、多くの人が知らなかったという経験があります。
 以前に、研修会で大学の先生の話をお聞きしますと、よく、公認会計士の仕事についてすばらしいことを言われ、私はそれを聞いて、「ほんまかいな。言い過ぎやな。」と思っていたのですが、教員になって、授業のために監査の勉強をしますと、公認会計士の仕事のすごさがわかりました。(恥ずかしい話ですが。)やはり、公認会計士の仕事はすごいのです。よく、Public Interest、公共の利益に寄与するといいますが、まさにそのとおりです。KGのスクールモットーはMastery for Servise(奉仕のための練達)です。自分を鍛えて、社会に貢献しなさいということですが、公認会計士にぴったりです。(少し、KGの宣伝をさせていただきました。)
 
どっぷり浸かって思うこと
 私は、現在、税理士業務や社外監査役などで実務との接点はありますが、公認会計士として監査はやっていません。
ASの学生は公認会計士を目指して真面目に(一部、不真面目に)勉強しています。これを見てまず思うのは昔に合格してよかったな(私は昭和53年の2次試験合格です)ということです。当時と比べて、覚える量と質が違います。会計規則集は非常識に分厚く、「監査小六法(平成18年版)」に至っては、掲載内容が多すぎて、監査基準委員会報告書まで削除されてしまう有様です。この量に加えて、これでもかこれでもかと新基準や基準改正があります。その上、税法まで試験科目です。税法といっても昔の3次試験と違い、所得税と消費税も範囲です。税法がまた、改正されるたびに複雑になる。まあ、受験生は大変なことです。(会計規則や税法を複雑にすることは明らかに経済効率を阻害していますから、できるだけ簡単にして、規則集や法規集は、いまの5分の1程度になるのが適当と思います。)
 このようにして苦労して勉強して入る業界の現状はどうでしょうか。マスコミや政治家から叩かれ、規制が著しく厳しくなり、責任が重くなり、一層「粉飾を見つけるというよりも、言い訳のための立派な書類の作成に重点を置かざるを得ない」という異常な状況です。「たった数件の不祥事やないか」と言いたいところですが、そうなんです、不祥事はひとつあってもだめなんです。これが公認会計士の公共性なんですね。監査基準を改正しても、カネボウやライブドアには何の関係もありません。こうした不祥事は、基準や規則の問題ではなく、人間の問題です。公認会計士が会計倫理(職業倫理)を堅持することにより、魅力ある業界として残り、多くの有能な人材が公認会計士を目指されることを期待します。
(そうなれば、ASも安泰です。ムヒヒヒ)