緊急レポート

『京都議定書 〜 京都メカニズムと排出量取引の会計処理』

公認会計士 魚住 隆太
        松尾 幸喜
【京都議定書の枠組み】
<採択の経緯>
 
 地球温暖化とは、人の活動に伴って発生する温室効果ガスの排出量の増大が大気中の温室効果ガスの濃度を高めることにより、地表の温度が気候の自然な変動に加えて上昇することです。その結果、海水の膨張や極氷の融解に伴う海面上昇や、気候メカニズムの変化に伴う異常気象の頻発等が生じるおそれがあるとされ、自然の生態系及び人類に非常に大きな影響を及ぼす環境問題であるといえます。地球温暖化はひとつの国の努力で抑制できるものではなく、世界各国の協調があってはじめて有効な成果が期待できます。そこで1992年に世界155カ国がブラジルのリオデジャネイロに集まり(リオ・サミット)、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させるという目標を掲げ、「気候変動に関する国際連合枠組条約(気候変動枠組条約)」を採択しました。
 気候変動枠組条約の目標達成状況を審査するために1995年4月にベルリンにおいて第1回気候変動に関する国際連合枠組条約締約国会議(COP1)が開催されました(COPハConference of the Parties の略)。COP1における審査の結果、それまでの方策では不十分であるとの結論に達し、COP3までに条約附属書・に記されている先進国および市場経済移行国の合計38カ国(附属書・国)に数値化された削減目標を課す議定書を策定することを決定しました(ベルリン・マンデート)。
COP3は1997年12月に日本の京都で開催されました。温室効果ガス排出削減量の具体的な数値目標について議論がなされ、難航をきわめましたが最終的に合意に至りました。合意内容は、気候変動枠組条約の附属書・国を対象として、対象期間2008年〜2012年(第1約束期間)の平均排出量を1990年の実績を基準とした削減率を国別に定めるというものでした。
COP3で合意された内容は京都議定書として、まとめられました。京都議定書には、すべての附属書・国が目標を達成することによって、附属書・国全体の温室効果ガス排出量は1990年比で少なくとも5%削減することを目的として(京都議定書第3条1項)、日本6%、米国7%、欧州共同体8%、などの温室効果ガス排出削減目標が掲げられています。また、温室効果ガス排出削減目標達成のための柔軟性措置と呼ばれる「京都メカニズム」(後述)も京都議定書に織り込まれました。京都議定書では排出削減をめざす対象
である温室効果ガスとして二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、ハイドロフルオロカーボン、パーフルオロカーボン、六フッ化硫黄の6種類の気体を定めています。
<発効に向けて>
 
 京都議定書は以下の2つの条件が満たされたときから90日後に発効することになっています。
条件@ 締約国55カ国以上が批准(または、受諾、承認、加入。以下同じ)し、かつ、
条件A 批准した附属書・国の1990年における二酸化炭素排出量の合計が全附属書・国の二酸化炭素排出量の合計の55%以上となること。
COP3の後、京都メカニズムや吸収源などに関する詳細なルールはCOP6までに決定することとされました。しかし、2000年11月にオランダのハーグで開催されたCOP6では交渉が決裂し、さらに翌2001年には米国が京都議定書から離脱したことで京都議定書の発効が危ぶまれました。けれども2001年7月にドイツのボンで開催されたCOP6再開会議(COP6.5とも呼ばれる)での合意(ボン合意)、同年11月モロッコのマラケシュで開催されたCOP7での合意(マラケシュ合意)を経て、京都議定書の詳細ルールが次第にかたまっていきました。2002年6月には日本が京都議定書を批准、2004年10月5日時点では126カ国が批准しています。この時点でひとつ目の条件は既に満たされていますが、ふたつ目の条件については、批准した附属書・国の1990年における二酸化炭素排出量の合計は、まだ全附属書・国の二酸化炭素排出量の合計の44.2%までしか到達していませんでした。
2004年11月4日、ロシアのプーチン大統領が京都議定書の批准法案に署名しました。これでロシアの二酸化炭素排出量17.4%が上乗せされて、批准した附属書・国の1990年における二酸化炭素排出量の合計は全附属書・国の二酸化炭素排出量の合計の61.6%となります。これでふたつ目の条件も満たされたことになり、2005年2月16日に京都議定書はようやく発効することになります。
 なお、締約国はその後も気候変動枠組条約遂行のために会議を重ねており、2004年12月にはCOP10がアルゼンチンのブエノスアイレスで開催されることになっています。
<京都メカニズム>
 
 京都メカニズムは経済的インセンティブを働かせることによって、より少ないコストで温室効果ガス排出量削減目標を達成しようとするための制度で、共同実施(Joint Implement, JI)、クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism, CDM)、排出量取引(Emission Trading, ET)と呼ばれる3つをいいます。京都議定書の議論のなかではしばしば、京都メカニズムは経済的な柔軟措置と呼ばれています。
(1)JI
   
   JIは京都議定書第6条に定められている制度で、附属書・国間で、温室効果ガスの排出削減または吸収増進の事業を実施し、その結果生じた排出削減量を関係国間で移転することを認めるというものです。たとえば、ふたつの附属書・国A、Bが協力して、A国において温室効果ガス排出削減のための事業を実施したとしましょう。このときに、当該事業を行わなかった場合と比較して、この事業によって追加的な排出削減が認められた場合には、その排出削減量にもとづいてクレジット(Emission Reduction Unit, ERUと呼ばれる)が発行されます。クレジットを保有している事業者の属する附属書・国はそのクレジット保有分を自国の排出枠とすることができます。また、後述するET(排出量取引)の制度のもとに売却することもできます。
 排出削減は事業実施国であるA国で発生するものですが、この排出削減量にもとづいて発行可能なERUのうちどれだけ実際に発行するのかについてA国とB国の相互の事業者が合意のうえこれを決定します。そしてそのERUをA国からB国に移転することが認められるというわけです。このように、B国の事業者は自国以外の附属書・国(A国)で排出削減事業を実施することで、自国(B国)の排出枠を増加させることができる、というわけです。
 なお、温室効果ガスの排出削減量に相当するクレジットがERUと呼ばれるのに対して、植林や森林経営による温室効果ガスの吸収増加量に相当するクレジットはRemoval Unit, RMU と呼ばれます。RMUもERUと同様にJIの制度のもとで事業の当事者である複数の事業者、結果としてそれら事業者の属する附属書・国間で移転することができます。
(2)CDM
  CDMは京都議定書第12条に定められている制度で、非附属書T国が附属書・国の協力のもとに持続可能な開発を実現し、その結果生じた排出削減量を附属書T国が獲得することを認めるというものです。たとえば非附属書T国Cが附属書T国Dと協力して、C国において温室効果ガス排出削減のための事業を実施したとしましょう。このときに、当該事業を行わなかった場合と比較して、この事業によって追加的な排出削減が認められた場合には、その排出削減量にもとづいてクレジット(Certified Emission Reduction, CERと呼ばれる)が発行されます。このCERというクレジットもERUと同じく、保有している事業者の属する附属書・国がそのクレジット保有分を自国の排出枠とすることができますし、保有している事業者はETの制度のもとに売却することもできます。なお、将来国の補助事業としてCDMが実施された場合、クレジットの保有事業者が自由に売却できない可能性があり留意が必要です。
CDMにおいては、排出削減は事業実施国であるC国で発生するものですが、この排出削減量にもとづいて発行されたCERをD国の事業者に移転することが認められます。このように、D国の事業者は非附属書T国(C国)で排出削減事業を実施することで、自国(D国)の排出枠を増加させることができる、というわけです。
CERをD国が獲得すると、D国の排出枠は増加します。一方でC国は非附属書T国であるためにもともと排出枠がないので、このCERの発行に伴って排出枠が減少するということは地球上のどこにも起こりません。それゆえ、CDMの制度のもとにクレジット(CER)をD国が獲得すると、附属書T国全体の排出枠の総量は増加することになります。
 一方で、JIの制度のもとにクレジットERUをA国からB国に移転する場合を考えてみると、クレジットを移転してもA国とB国の排出量の合計には変化がなく、つまり附属書・国全体の排出枠の総量にはなんら変化が起こりません。この点がCDMとJIの重要な相違点であるといえます。CDMは結果として附属書・国全体の排出枠の増加をもたらすため、一部の環境保護団体等は反発しています。このようなことから、JIに比較してCDMの排出量・排出削減量の検証にはより厳格な審査が求められます。
(3)ET
   
  ETは京都議定書第17条に定められている制度で、排出割当量(Assigned Amount Unit, AAU)が設定されている附属書・国の間で、排出枠の一部を売買によって移転することを認めるというものです。
 たとえば、附属書・国Eの第1約束期間における排出量が、温室効果ガスの削減努力をしても排出枠を超えそうだと予想される場合、他の附属書・国から排出枠を購入することによって京都議定書の約束を遵守することが可能になります。
 排出枠が附属書・国間で移転されると、排出枠を売却した国の排出枠は取引分だけ減少し、購入した国の排出枠は取引分だけ増加します。それゆえ、ETの制度のもとに排出枠が移転されても、附属書・国全体の総排出枠の総量は変化しません。
 これらの京都メカニズムを活用しても、それでも京都議定書の約束を守ることができなければなにが起こるのでしょうか。そのような場合は次のようなペナルティーが決められています。
 まず、次期の約束期間において排出枠の移転が禁止されます。すなわち、JIのホスト国となることができなくなり、ETの制度のもとで排出枠を売却することができなくなります。また、排出枠超過量の130%に相当する量が、次期約束期間の排出枠から差し引かれることにもなっています。
【京都議定書からアメリカが離脱した理由】
 <プッシュ大統領の書簡>
2001年3月13日付けでへーグル氏ら4人の上院議員に宛てたジョージ W.ブッシュ大統領の書簡が公表されています*1。
 これによると、中国やインドをはじめとする世界の80パーセントが遵守義務を免ぜられていることと、米国経済に深刻な打撃を与えるであろうこと、すなわち、京都議定書は気候変動問題の解決手段として有効でなく、かつ不公平であることは明白であるとして、それゆえに京都議定書には反対する、と書かれています。
 京都議定書によれば、温室効果ガス排出量について約束の遵守を求めるのは、附属書・国の38カ国です。これは世界約200カ国のうちの約2割にすぎませんので、世界の残りの8割が遵守義務を免れるという指摘は国の数からいえば正しいといえます。けれども、米国政府の公式エネルギー統計を扱うエネルギー情報管理局によれば、世界の220の国と地域における1990年度の二酸化炭素排出量は216.4億トンであり、一方で米国、旧ソ連、日本、東ドイツ、西ドイツ、英国、カナダ、イタリア、フランス、オーストラリアの10カ国のそれは129.3億トンで、この10カ国だけで全体(220の国と地域)の59.8%を占めることがわかります*2。それゆえ、国の数のうえでは世界の8割が約束の適用外であるからといって気候変動問題の解決に有効でないとはいえない、という見かたもできます。

 米国経済に深刻な打撃を与えるとはどういうことでしょうか。これも同じ書簡のなかに説明されています。
「米国の電力供給の半分以上が石炭を燃料とする火力発電によるものです。もし、二酸化炭素排出量に制限をもうけると、発電燃料において石炭から天然ガスへの移行がさらに劇的に進行し、電力料金が暴騰することになるでしょう。同時に深刻なエネルギー不足を引き起こすことになろうことも報告されています。このように消費者を困窮させることになりかねないアクションをとるべきではありません。」
 米国が京都議定書の約束を守ろうとすれば電力料金が86%高騰するであろうともいわれており、その試算が現実のものとなれば米国経済はかなりの打撃を蒙ることになるといえます。

 そのほか、気候変動の原因や解決方法は科学的には完全には解明されておらず、二酸化炭素を除去したり貯蔵したりする技術もいまのところはない、ということもブッシュ大統領は書簡のなかで述べていますが、要するに同大統領は経済的な発展を最優先しており、排出量削減の約束があると産業界に対するさまざまな規制が必要となってくることが明白であって、大統領の有力な支持母体であるエネルギー産業の経済的発展の足枷となってしまう、というところが本当のところなのだとみられています。
<ロシアのhot air>
 一方ロシアは、2004年10月に京都議定書の批准を議会で可決し11月4日にプーチン大統領がその批准法案に署名をしました。京都議定書においては、第1約束期間における平均排出量を1990年における排出量の100%以下(すなわち排出削減率0%)とするという約束になっています。けれども、実のところロシアは1990年以降旧ソビエト連邦崩壊により経済が著しく停滞しているおかげで、現時点で温室効果ガスの排出量は1990年実績の6割ほどとなっており、今後景気がよくなったとしても特別な削減努力をせずとも3割の削減を達成できることが予想されています。これは二酸化炭素換算で7億トンあまりに相当します。米国が離脱した現在、附属書T国の中では日本が最大の排出枠購入国となるといわれています。
 また、このクレジットが先進国に「排出量取引」を通じて売却されることで、先進国の実質的な排出削減の阻害になることを懸念する向きもあります。この意味でロシアの排出クレジットは "hot air" と呼ばれています。英語の"hot air"には、熱気、温風、暑気などのほか、ナンセンス、たわごと、でまかせ、大言壮語、空手形などの意味があり、上述の排出枠は自国の努力による排出削減ではないために揶揄されているわけです。
 
【排出量取引の会計処理】
<企業会計基準委員会による実務対応報告公開草案>
 平成16年9月29日付で実務対応報告公開草案第14号(「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い(案)」)が企業会計基準委員会から公表*3されています。この草案は平成17年4月1日以降開始する事業年度に係る財務諸表から適用する(ただし、平成17年3月31日以前に開始する事業年度から適用することもできる)ことを見込んでおり、草案に対するパブリックコメントを反映して若干の修正はあるとしても、概ねこの草案の方向で最終化するのではないかと考えます。
 同報告草案では、事業投資としての排出クレジット取得を、さらに専ら第三者に販売する目的で取得する場合と、将来の自社使用を見込んで取得する場合に分けて会計処理を検討しています。
 京都議定書が発効し、附属書・国の削減目標を達成するための補完的手段として他の締約国から排出クレジットを獲得し、これを排出削減量に充当することを想定した取引が発生するとき、排出クレジットが締約国間において取引の対象としての価値をもつようになります。わが国では事業者ごとに排出量削減義務が課されていないのが現状です。すなわち、排出クレジットは締約国家や事業者の国際取引(国別登録簿を介した取引)において価値をもちますが、事業者が排出クレジットを保有していても、事業者ごとに排出量削減義務が課されていない現状では、京都議定書にもとづく価値をもたないと考えられます。
 しかし、実務対応公開草案では、将来の自社使用を見込んで取得する場合を想定しており、自社が自主的な削減計画を達成しようとするときや将来自社に排出量削減義務が課されたときなどに保有する排出クレジットを自社の排出量削減に充てることを想定しています。なお、専ら第三者に販売する目的で取得する場合というのは、第三者が自主的な削減計画を達成しようとする際や将来国別登録簿が整備・運用された際に国内外にて発生する需要を見込んで予め排出クレジットを取得しておく場合をさします。
 京都議定書において取り決めた温室効果ガス排出削減の約束をわが国が遵守するためには、わが国の二酸化炭素排出量のうち8割を占めるという企業・公共部門の取り組みが不可欠です。これを推進するために環境省は、環境税の導入、ならびに各事業者・公共部門の温室効果ガス排出量を公表する*4ことを検討しています。また大手民間企業35社が国際協力銀行、日本政策投資銀行と協力して温室効果ガス削減のための基金を設立するということも報じられています*5。京都メカニズムにもとづく排出クレジットの取引は案外早期に相当規模の市場を形成するかもしれません。また、国内排出権取引制度の確立とともに、排出権取引の会計処理もより詳細な指針が公表されると考えます。
 
注*1: 2004年10月25日の米国ホワイトハウスウェブサイト
  http://www.whitehouse.gov/news/releases/2001/03/20010314.html を参照した。
注*2: 数値は2004年10月27日のエネルギー情報管理局ウェブサイト
  http://www.eia.doe.gov/env/intlenv.htm から採った。
注*3: 実務対応報告公開草案第14号 「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い(案)」の公表 
  http://www.asb.or.jp/j_ed/kyoto/kyoto.html
注*4: 「地球温暖化対策推進大綱の評価・見直しに関する中間取りまとめ」(環境省中央審議会、平成16年8月)page47-48 参照。
注*5: 日本経済新聞(2004年11月8日朝刊)1面 参照。